証券取引法の一部を改正する法律案(金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案)の修正を求める意見書

                               2006年3月24日
                               日本弁護士連合会

第1 はじめに
   政府は、2006年3月13日、「証券取引法等の一部を改正する法律案」、「証券取引法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案」(以下、合わせて「金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案」という)を国会に上程した。これは、2004年9月から2005年12月にかけての金融審議会金融分科会第一部会における、金融商品に関する横断的な規制を内容とする「投資サービス法」の制定に向けての審議に基づいて、法案化されたものである。
   当連合会は、金融商品に関する横断的な規制の必要性について、2004年5月8日に「金融サービス法の制定を求める意見書」(以下、「日弁連金融サービス法意見書」という)に基づいて提言をした。さらに、2005年8月26日に「金融審議会金融分科会第一部会 投資サービス法制定に関する『中間整理』に対する意見書」(以下、「中間整理に対する日弁連意見書」という)を取りまとめた。これは、金融審議会において審議されている投資サービス法の内容について不十分な点があることに具体的に指摘してそれに対する意見を述べたものであるが、閣議決定を経て国会に上程された金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案を見ると、従前の意見書で問題が大きいと指摘した規定や、金融審議会で議論のないまま設けられ看過し得ない問題点を含む規定があるので、この点について、以下のとおり意見を述べる。

第2 意見の趣旨
 1 金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案においては、商品先物取引や海外商品先物取引、海外商品先物オプション取引などの商品デリバティブがその対象に含まれていないが、その対象に含めるべきである。
   海外商品先物取引や海外先物オプション取引については、その被害が多いにもかかわらず、何らの参入規制もなされていない。このため、悪質業者の参入が増え、被害も拡大しつつある。登録制、無登録営業の禁止及び違反に対する罰則付与などの参入規制を定めるべきである。  
 2 金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案においては、電話・訪問による不招請勧誘(取引を希望していない消費者に対する勧誘)を禁止する規定を置いている。ところが、その対象について、「当該金融商品取引契約の内容その他の事項を勘案し、投資者の保護を図ることが特に必要なものとして政令で定めるものに限る」と限定している(投資サービス法案第38条3号)。
   しかし、不招請勧誘については、すべての金融商品について原則禁止としなければならない。その上で、適用除外については、商品性やコンプライアンスの状況を点検した上でなされるべきである。
 3 金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案においては、適合性原則が規定されているが、これに関する民事効果の規定は見送られている。しかし、適合性原則違反禁止の法律上の実効性を確保する上で、これに違反した場合について、損害賠償義務・取消権・無効などの民事効果を伴わせる規定を設けるべきである。
 4 金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案においては、プロ・アマ区分を認め、一般投資家のアマからプロへの移行を許容している。しかし、プロは機関投資家に限定すべきであり、一般投資家のアマからプロへの移行は許容すべきではない。
 5 金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案においては、損失補填の禁止を規定し(金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案第39条)、幅広い金融商品に関する横断的な制度の整備を図るとして、商品取引所法についても損失補填の禁止を新たに追加している(商品取引所法改正案第214条の2)。
   しかし、損失補填の禁止の規定は、従来から、業者側の示談解決拒否の口実に使われる弊害が顕著であった。トラブルが多発し続けている商品先物取引については、深刻な被害が多く、可能な限り早期解決を図る意味から、損失補填の禁止の規定をあえて追加すべきでない。

第3 意見の理由
 1 意見の趣旨1について
  (1)今回の金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案の目的は、その前提となった金融審議会金融分科会における2005年12月22日付け最終報告「ー投資サービス法(仮称)に向けてー」にもあるとおり、「幅広い金融商品について包括的・横断的な利用者保護の枠組みを整備し、利用者保護を拡充することによって、既存の利用者保護の対象となっていない『隙間』を埋めるとともに、現在の縦割り業法を見直し、同じ経済的機能を有する金融商品には同じルールを適用する」(同報告2頁)ところにあったはずである。
  (2)ところが、金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案では、外国証券業者に関する法律、有価証券に係る投資顧問業の規制等に関する法律、抵当証券業の規制に関する法律、金融先物取引法の4法が廃止され、これらが金融商品取引法に取り込まれたにとどまり、他の金融商品に関する業法は残され、ただ、今回の金融商品取引法における規制と横並びにするという形で修正が加えられたに留まるのである。
    しかし、これでは、「既存の利用者保護の対象となっていない『隙間』を埋めるとともに、現在の縦割り業法を見直し、同じ経済的機能を有する金融商品には同じルールを適用する」との目的を到底達成することはできない。
(3)そもそも法規制の隙間をぬって新たな投資被害が発生するという状況は、従来から繰り返されており、近年の外国為替証拠金取引の被害はその典型であった。そして、この件は、2004年12月の金融先物取引法の改正、2005年7月からの同法の施行に至って、外国為替証拠金取引業者の中で悪質な業者を撤退させるなど一応の成果を収めたが、後追い規制による対応の遅れは否めない。
    そして、昨年の厳しい法規制の動きを見て、外国為替証拠金取引業者の一部は、今度は、規制の不十分な海外商品先物取引へと移行し始めているのである。その結果、海外商品先物取引については、今後最も被害の急増が懸念されるのであるが、今回の投資サービス法案において、海外商品先物取引はその対象からは除外されたる。しかも、その規制法である海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律についても、参入規制がない点など極めて大きな問題があるにもかかわらず、今回の一連の法案においては、何らの手当もなされていない。
  (4)また、海外商品先物オプション取引についても規制がなく、かなり前から損害賠償を業者に命じた数多くの判決があるにもかかわらず、依然として業務を継続して、被害を出し続けている業者が存在するという現実がある。
    ところが、今回の金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案において、海外商品先物オプション取引はその対象からは除外されたままであり、またこれを補う法規制も何ら行われていない。
  (5)さらに、金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案では、国内の商品先物取引についてもその対象から除外され、わずかに、商品取引所法を、投資サービス法案における規制と横並びにするために若干の改正が加えられているにすぎない。
 今回なされようとしている法改正では、断定的判断の提供を伴う勧誘をした場合に損害賠償請求権が法定されたことや適合性原則の判断基準に投資目的が加えられたことなど、一部前進した部分があるものの、国内の商品先物取引について被害が減っていない実情(2(1)参照)を考えるとき、この程度の規制では極めて不十分であると言わざるを得ない。国内の商品先物取引についても、金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)の対象範囲に含めた上で、その危険性の高さと被害の実態を踏まえた規制を行うべきである。
  (6)以上の点から、意見の趣旨1のとおりの修正を求めるものである。 
 2 意見の趣旨2について
(1)投資取引の中で被害が多いのは、国内商品先物取引、海外商品先物取引、外国為替証拠金取引、海外商品先物オプション取引などである。
 これらの被害は、電話や訪問による勧誘がその発端となっており、国民生活センターも、理解の不十分な消費者は手を出さないよう警告を発している。
    今年1月に全国各地の単位弁護士会を中心に実施された「全国一斉先物取引・外国為替証拠金取引被害110番」でも、多くの被害・苦情の電話があり、商品先物取引、外国為替証拠金取引に関する被害は依然として減少していないことが判明している。
    とりわけ商品先物取引については、国民生活センターの年間苦情件数が2002年度には7000件を超え、10年前の件数の4倍にも達するなど被害の増加が懸念される中で、2005年5月に改正商品取引所法が施行され、勧誘受諾確認義務が課されるなど勧誘規制が強化されたが、上記110番の苦情内容を見る限り、改正商品取引所法施行後の事案においても、「しつこい勧誘を受け、断っても勧誘が続き、取引を行うことになって被害を受けた」との苦情が数多く存在した。
  (2)投資による損失を巡るトラブルの多くは、不招請勧誘に端を発しているのであり、不招請勧誘禁止は、すべての金融商品について原則として禁止することが必要である。
このような不招請勧誘に対する厳しい姿勢は世界的な流れとなっているのである。@EU諸国においては、2003年7月にいわゆる「通信に関する指令」の合意がなされ、同年10月末より、消費者の事前の同意がない場合に、ダイレクトマーケティングの目的で、自動架電装置によって電話をすること、FAX・電子メールを送信することを全面的に禁止するという「オプト・イン規制」(事前に同意なき限り勧誘してはならないとの規制)が実施されている。Aアメリカでも、電話勧誘について、2003年10月1日以降は、「DoーNotーCall」というリストに登録し電話勧誘拒否の意思を表明した人に対しては、電話勧誘を行ってはならないとする制度が採用され、同年10月末の時点で、全米の総世帯数約1億2000万世帯の半数に迫る約5000万件の登録がなされている。Bイギリス、ドイツでは、不招請のFAXは「受信者の用紙と電力の窃取」と解釈されており、事前の同意がない限りFAXで勧誘を行うことを禁止している。
    これに対し、わが国の不招請勧誘規制は立ち後れていると言わざるを得ない。今日までに実現した不招請勧誘を内容とする立法は、外国為替証拠金取引被害を規制するために2005年7月1日に施行された金融先物取引法だけである。
  (3)ところが、金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案においては、電話・訪問による不招請勧誘(取引を希望していない消費者に対する勧誘)を禁止する規定を置いているものの、その対象について、「当該金融商品取引契約の内容その他の事項を勘案し、投資者の保護を図ることが特に必要なものとして政令で定めるものに限る」と限定している(金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案第38条3号)。また、幅広い金融商品に関する横断的な制度の整備を図るとして、不当勧誘に関連する被害が多い商品先物取引を規制している商品取引所法についても改正案が出されているが、不招請勧誘禁止の規定は追加されていない(商品取引所改正案214条)。
  (4)以上の点から、意見の趣旨2のとおりの修正を求めるものである。
3 意見の趣旨3について
  (1)金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案においては、適合性原則が規定され、適合性判断の一要素として投資目的を含めた(金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案40条第1号)ことは相当であるが、これに関する民事効果の規定は見送られている。
  (2)適合性原則は、投資者保護の観点からはもちろんのこと、投資市場における不適格な投資者を排除して投資市場の公正を図るという側面もあるのである。その適合性原則は、多くの行為規制の中で、とりわけその遵守が厳格に図られなければならないのであって、そこには十分な実効性が担保されていなければならないのである。
    そのような観点からすると、適合性原則に違反した場合については、損害賠償義務・取消権・無効などの民事効果を伴わせる規定を設けることによって、その実効性を担保しなければならないのである。
  (3)以上の点から、意見の趣旨3のとおりの修正を求めるものである。
 4 意見の趣旨4について
(1)金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案においては、いわゆるプロ・アマの区分を設け、プロを「特定投資家」とし、契約締結前の書面交付義務ほかの投資家保護規定の適用を除外しているが、他方で「特定投資家でない法人又はその知識、経験及び財産の状況に照らして特定投資家として取り扱うよう申し出ることができる」(金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案第34条の3、第34条の4)として、一般投資家のアマからプロへの移行を許容している。
  (2)金融審議会において議論されたいわゆるプロ・アマ区分の趣旨は、「アマには適正な投資家保護を確保する一方で、プロについては、行政規制ではなく市場規律に委ねることにより、過剰規制による規制による取引コストを削減すること」(金融審議会金融分科会における2005年12月22日付け最終報告17から18頁)というところにあり、一般投資家保護の観点から、その区分の仕方を考える必要がある。
    しかして、一般投資家の保護の観点から考えでみると、仮に一般投資家であるアマに安易にプロへの移行を認めることになると、説明等を受けずに従来とは異なる類型(リスク)の投資に引きずり込まれて不測の損害を被ることが十分に予想されるところであって、アマからプロへの移行は断じて認めるべきではない。プロは、機関投資家に限定されるべきである。
  (3)以上の点から、意見の趣旨4のとおりの修正を求めるものである。
5 意見の趣旨5について
(1)金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案においては、従来の証券取引法にあった損失補填の禁止の規定をそのまま置き(金融商品取引法(いわゆる投資サービス法)案第39条)、幅広い金融商品に関する横断的な制度の整備を図るとして、商品取引所法についても損失補填の禁止を新たに追加している(商品取引所法改正案第214条の2)。
  (2)しかし、損失補填の禁止の規定は、従来から、被害に遭った投資家が被害回復を求めて損害賠償を求めたときに、業者から示談解決拒否の口実に使われるという弊害が顕著であった。とりわけ商品先物取引については、以下の理由から、損失補填禁止の規定を新たに置くべきではない。
   ア 商品先物取引については、2(1)で指摘したように、最近約10年のうちにその被害が急増し、2005年5月の改正商品取引所法施行後も依然として被害は減っていない。そのような中で、損失補填禁止の規定を置くことになれば、商品取引員の違法行為により損害を被った被害者がその損害の賠償を求める際、商品取引員側からその規定の存在をもって、損害賠償の示談解決拒否の口実に使われる恐れが極めて高いのである。そうなれば、多くの商品先物取引被害者への被害の回復をいたずらに遅延させるだけである。
   イ また、商品先物取引については、昨年、大手であった商品取引員が監督官庁に申告せずに紛争を解決する原資を工面するためにいわゆるダミー口座を開設するなどした事例が明らかになっており、刑事裁判で有罪判決を受けるに及んでいる。このような状況の下で、商品先物取引について損失補填禁止を法定すれば、かえって商品取引員の紛争対応をより一層不明朗なものとする恐れが大きいのである。そして、そうなれば、法が監督官庁に期待する権限を発動するに足りる適正な被害情報の収集管理を阻害することにもなりかねないのである。  
(3)以上の点から、意見の趣旨5のとおりの修正を求めるものである。