「農産物商品市場の機能強化に関する研究会報告書」(案)に関する意見

平成20年4月18日

農林水産省総合食料局商品取引監理官
「農産物商品市場の機能強化に関する研究会報告書」(案)担当者殿
FAX 03-3502-6847
     〒167−0051
                東京都杉並区荻窪5丁目27番6号
                 中島第1ビル901号 荻窪法律事務所
              先物取引被害全国研究会 
               代表幹事 弁護士 大迫惠美子 
 
当職は上記研究会の代表者であるが、上記研究会は、商品先物取引被害等の救済にあたる全国の弁護士が所属する、有志の団体である。
今般公表された「農産物商品市場の機能強化に関する研究会報告書」(案)(以下「報告書案」という)について、当研究会は、次のとおり意見を述べる。

第1 意見の趣旨
 1 報告書案には、まず個人投資家に対する不招請勧誘禁止を盛り込み、早急にに実現すべきである。
2 市場参加者の構成につき個人投資家の存在を前提として、これに加えてプロの参加者を増加させるとする報告書案には反対であり、個人投資家の市場参加は商品ファンド等を通じて行うものに限定し、原則はプロのみが参加する市場を目指すべきである。
3 十分な需要調査のない店頭商品デリバティブ取引の解禁には反対であり、仮に店頭商品デリバティブ取引を解禁するとしても、個人投資家の参加は例外なく禁止すべきである。
4 個人の投資一任売買の解禁には反対である。
5 十分な需要調査のない新規商品(指数を含む)の上場には反対である。特にコメの上場を認めるべきではない。
6 商品先物取引の普及啓発活動として、学生を対象としたセミナーを開催することには反対である。

第2 意見の理由
1 不招請勧誘禁止について
   報告書案には、不招請勧誘禁止について全く言及されていないが、しかし、現在の農産物商品市場の不振の原因を直視すれば、以下に述べるように、長年行われてきた不招請勧誘による取引に問題の根本があることが容易に理解できるので、これをまず禁止すべきである。
 昨今の我が国の商品先物取引不振は、いわゆる客殺しという言葉に表象されるような、商品取引員による個人投資家搾取の営業方法が長年横行してきた結果である。昭和50年代頃より、不招請勧誘・断定的判断提供によって商品先物取引の知識経験を全く持たない個人顧客を取引に巻き込み、投入可能資金を目一杯証拠金として建て玉させたうえ、両建てに誘導し、外務員が事実上の一任状態を利用して両建ての玉うち利益の出ている方を中心に頻繁に建て落ちを繰り返して利乗せ満玉をし、手数料を稼ぎ出し、途中、顧客が証拠金の残っているうちに撤退したいと望んでも仕切を拒み、最終的には、追証と両建ての本証拠金名目で自己の資金を出し切ってしまった顧客が、投入資金を相場損と手数料とですべて失って終了せざるを得ないところまでもっていくというやり方が、商品先物取引業界では普通に見られる営業方法であった。昨今の規制強化はこうした実態が世に知られ、対策強化の必要性が一般に認識されるようになった結果である。
 こうした先物業者の営業のやり方は、1度先物取引を経験して懲りた人を2度と近づかせず、あるいは実態を知る合理的経済人が参加を思いとどまる原因となっていたが、それでもなお30年近く同様のことが続けられたのは、何も知らない人を不意打ち的に勧誘する不招請勧誘が自由にできたからであった。不招請勧誘を続ける限り、市場に参加する人は、これまで同様、先物取引の経験がなく、知識も意欲もない者に限定されることになる。市場を構成する者の質は変わらず、相変わらず外務員の言いなりに取引が行われ、容易に手数料稼ぎがされて被害が生まれるから、結果的には、さらに商品先物取引の悪評が高まるだけである。
 穀物市場の抜本的な改革を目指すなら、市場から、不招請勧誘によって呼び集められたような素人個人投資家と、それらを操作して手数料稼ぎのためだけに不合理な売買を繰り返す低劣な商品取引員を閉め出す必要がある。
 従って、報告書ではまず不招請勧誘禁止をうたい、早急に実現に向けて対策を立てるべきである。
 2 プロの参加者増加について
 報告書案では、現在の市場を構成する投資家層の質を全く考慮せず、単に広報等でプロの参入を促すなどと言っている。
 しかし、上述したように、現在の市場不振は、客殺し商法とまで呼ばれるような営業方法を30年近くも続けた結果、次第にその本質が世間に知られるようになって、世間一般に嫌気がさされ、かつ昨今の法改正等規制強化の機運を生み出した結果である。
   にもかかわらず、報告書案は、こうした個人顧客殺しの手法について根本的な改善点を示さないどころか、かえって、これまでの客殺し市場の体質をそのまま残す現在の商品先物取引市場を温存して、ここにプロを多数参加させるようにしたい、というのである。
この考え方は次の2つの点で誤りである。
第1に、個人投資家を今の形で残した上で、ここに真のプロが多数参加するようになれば、個人投資家は零細な資金しか持たないにもかかわらず、裸で、巨大な資金と情報収集力と分析力を持つプロと対峙することになり、一瞬にして勝負に負けることになるのは火を見るより明らかである。個人投資家には、新たに市場に出現するプロ集団の、生き餌になる以外の役割は与えられない。現在より厳しい個人投資家不在、個人投資家殺しの状況が予想される。
そうであるなら、これまで以上に個人投資家にとって厳しい市場に、どのようにして、今後も長期にわたり一定数の個人投資家を参入させ続けて行くつもりなのか。益々個人投資家の商品先物取引離れが進むことは容易に想像されるところである。その意味で報告書案の考える市場構造では、穀物市場が振興する理由がない。
 第2に、現在の国内公設穀物市場は、多くを個人投資家が占め、リスクヘッジに利用する当業者の参加がほとんどないため、実際に流通する現物の農産物価格に影響を与える力がない。外国の市場価格が我が国の先物市場価格に影響を与えることはあっても、我が国の先物市場の動向が、公正な価格形成に役立つという、先物市場が本来果たすべき役割を果たしておらず、参加している個人投資家間のマネーゲームに過ぎない存在となっている。しかも、その個人投資家なる存在は、ほとんどが不招請勧誘により集められた先物経験も知識も意欲もない者が多数を占める集団なので、そこで合理的な価格設定がされるという保証は全くない。その結果、価格面で現物市場との関連性や連動性が担保される保証がなく、当業者がリスクヘッジを行うには不適切な状況さえ生まれかねない。そのような市場にプロが参加する合理的理由は乏しい。
以上の理由から、報告書案がいう形でのプロの参加を促すことには到底賛成できないし、そのような案は実現可能性も低いであろう。
 しかしながら、本来インフラとしての商品先物市場が果たすべき役割は現に存在するし、それを健全な形で育成すべきであるとの見解には一定程度理解している。今後、そうした健全な市場が形成されていくことには反対しない。
 だが、健全な商品先物市場を構成する参加者は、あくまでも公正な価格決定に参加する意味を持つ者を中心にすべきであって、その意味においてプロ中のプロが参加すべきものである。個人投資家が商品先物取引のような専門性の高い市場に参加するためには商品ファンドを通じて等、間接的な形にとどめるべきであって、直接参加するのは原則禁止、あるいは仮に許すとしても、当該個人が客観的にも十分自己責任を取りうる者であって、しかも真の意味でその者の自発的意志に基づくなど、極めて希な場合に限定すべきである。
 その意味では、現在の市場を構成する個人投資家は、そのほとんどが参入を許されるべきでないから、現在の個人投資家層に加えてプロの参加を促すとの報告書案には全く賛成できない。 
3 店頭商品デリバティブ取引について
報告書案は、市場活性化策の1つとして、当業者の参加を増やすべく、店頭商品デリバティブ取引の解禁の検討が必要であるとする。そして、店頭商品デリバティブ取引が解禁されれば、当業者が取引所農産物商品市場の間で裁定取引等を行うことができるようになるとする。
 しかしながら、この点に関しても、上述のプロの参加を促す点について述べたように、報告書案が、現在の東京穀物商品取引所の流動性の大半が個人投資家に依存していることを前提にしていることとの関係では問題がある。日本の農産物商品市場そのものに対し当業者からの需要が認められない現状がある状況下で、店頭商品デリバティブ取引を解禁したとしても、そもそも農産物商品市場に参加していない当業者にとっては裁定取引を行う基礎がない。
 したがって、店頭商品デリバティブ取引の解禁のためには、当業者に対する十分な需要調査が必要であり、それなしでの解禁には反対である。
また、商品市場そのもののプロ化を目指す以上、個人投資家の存在を前提とする市場設計をすべきでないことは前項で述べたとおりであるが、店頭商品デリバティブ取引では、価格変動に関する判断の困難さ、価格変動の激しさ等から、およそ個人投資家に適合するような取引とは評価できず、個人投資家排除の要請がより強く働く。他方、個人投資家側にもそのような取引に参加する必要性はない。
 米国におけるOTC商品デリバティブ取引についても、特に農産物に関する取引は、全面禁止か、適格当業者間等一部の当事者間のみに限定して認められているに過ぎないことを考慮すれば、仮に店頭商品デリバティブ取引を解禁するとしても、個人投資家の参加は例外なく禁止するべきである。
4 投資一任売買の解禁について
 上述したように、現状においても、対面取引においては、その大半が一任売買ないし実質一任売買となっており、その結果取引員が多額の手数料を収奪し顧客に損害を発生させているのである。このような状況下で一任売買を解禁するなどという報告書案は、現状についてどのような認識を持つのか疑問なしとしない。この案に従えば、現状を追認するのみでなく、更に一般投資家の被害が拡大させる方向へ繋がり、個人投資家保護とは対極の方向へ向かってしまう。したがって投資一任売買の解禁には絶対に反対である。
5 新規商品の上場について
   報告書案も述べるとおり、世界の農産物商品市場の出来高が増加する中で、日本国内の農産物商品市場の出来高が著しく低下している。主要商品であるとうもろこしや大豆といった商品の出来高すら著しく減少している中で、十分な実需調査をせずに新規商品を上場させても、市場の活性化に繋がるとは考え難い。農産物商品指数の作成も検討課題とされているが、実際に同指数が現在の機関投資家のニーズに適っているのか否かの調査結果も皆無である。
 結局、日本国内の農産物商品市場の出来高の減少は、個人投資家頼みのいびつな市場構造や、商品取引員から勧誘を受けた個人投資家が「客殺し」営業により短期間で市場から退出するという構造自体が維持できなくなったために起こっているのであり、商品のラインナップを増やすというような策では抜本的な解決とはならないのである。本来的な解決策は、市場のプロ化を徹底することにあり、新規商品の上場は、市場の完全なプロ化を実施した後に、市場参加者に対する需要調査を行った上で検討するべきである。そうでなければ、いくら新規商品を上場させたところで、個人投資家の被害が続発し、結局のところ市場の衰退を招く。
(   なお、東京穀物商品取引所が平成20年3月に作成した「東京穀物商品取引所のビジョンと今後の取組み」の「7.ビジョン実現に向けた工程表」にはコメの上場申請を予定している旨の記載が見られる。
 しかし、コメについては、価格変動のリスクを被っていると言われる卸売業者が本当に先物によるリスクヘッジを必要としているのか判然としない。少なくとも当研究会員が平成19年1月にコメ卸売業者の団体からヒアリングを行った際には、実際にコメが上場しても、卸業者のうちどのくらいの割合が、あるいはどの程度の規模の業者が市場に参入するかにつき、具体的なイメージは持ち合わせていないとのことであった。
 リスクヘッジニーズがそれほどないにもかかわらず、市場を活性化させるという理由でコメのような生活に密着した農産物を上場させると、ヘッジや投機の必要性が全くないにもかかわらず、「身近な銘柄だ」というような思いだけで、商品取引員の不当勧誘によって参入させられる個人投資家の被害を増大させるだけである。したがってコメの上場を認めるべきではない。
6  普及啓発活動について
 普及啓発活動の対象を学生にすることは、アマチュアである個人投資家を増やそうとする意図に基づくものであり、大いに問題である。学生がいきなりプロ投資家になれるはずはなく、商品市場参入に適した資金力があるわけでもないことからすれば、このような活動はプロ化とは真っ向から反し、資金力のない個人投資家に対する被害を誘発しかねないものであり、反対である。
  以上