商品取引所法施行規則改正案のうち損失補てんの禁止に関する部分に対する意見書

平成19年7月31日
経済産業省商務流通グループ商務課 御中
                      〒167−0051
                      東京都杉並区荻窪5丁目27番6号
                       中島第1ビル901号
                      荻窪法律事務所
                    先物取引被害全国研究会代表
                       弁護士  大迫惠美子

当研究会は、昭和57年に設立された、日常的に深刻な商品先物取引被害の救済に取り組んできた全国の弁護士数百名からなる研究会であるが、今般公表された商品取引所法施行規則案第103条の2第7号ロには、看過し得ない立法事実の誤認と被害救済実務の現状への著しい欠慮があると考えるので、以下のとおり、意見を述べる。

第1 意見の趣旨
 1 商品取引所法施行規則改正案第103条の2第7号ロは、削除されるべきである。
そうでないとしても、事故確認を要する商品取引とは、機関投資家と商品取引員との間の契約に限るべきである。
 2 商品取引所法施行規則改正案第100条の6に、第7号として「当該商品取引員が当該受託業務で扱う取引の種類に関する事項」を加えるべきである。

第2 意見の理由
  意見の趣旨1について
 1 商品先物取引においては、悪質な商品取引員による被害が絶えず、現在でも深刻な被害事例が多発しているところ、商品先物取引被害の典型は、新規の顧客を無分別に勧誘し、外務員に頼り切りになりやすい素人顧客を誘導して無意味な反復売買を繰り返させて手数料を増やし、あるいは自己玉と反対のポジションを持たせて損失に導くなど、いわゆる「客殺し」商法を行って委託証拠金を自己の利得に転化させようとするものである。このような典型事例にあっては、商品取引員には委託者の損失補てんをしようとする動機が発生するはずがなく、実際にも、これまでそのような事例が発生したことは皆無といってよい。そして、我が国の商品取引の分野においては取引の大半がこうした典型事例なのであって、現在も、将来にわたっても、損失補てんの問題が多数発生することを心配しなければならない理由は存在しない。
2 今回の改正が、金融商品取引法等関連業法と足並みをそろえたもので、「規制の横断化」を目的にしているとの点については、一定の理解ができないではないが、各業法が対象とする取引類型ごとにそれぞれ異なる問題が存在することを無視して、単に形式的に横断的な規制をするとすれば、異を唱えざるを得ない。従来、商品取引員は、無数の「客殺し」商法被害事件について、被害を受けた顧客が依頼した弁護士との間で、損害賠償責任を認めて訴訟外の和解、すなわち示談交渉に応じてきたのである。その示談の内容は、多くの裁判例なども考慮に入れながら、商品取引員・顧客両者が納得して決めたもので、ほとんどの場合、合理性の認められる範囲で成立していたものと評価できる。示談には、何よりも、訴訟等よりも迅速に解決できるというメリットがあった。被害を受けた顧客の中には、非常に高齢であるとか、失った金銭が直ちに生活に必要なものであったなど、長期になりがちな訴訟による解決の負担に耐えられない者も少なくないから、示談による被害回復機能は極めて重要な意味を有していた。
今回の改正は、こうした、訴訟等の長期にわたりがちな解決方法を選択できない顧客らの、被害救済の道を閉ざすこととなり、他方で悪質な商品取引員に、損害賠償請求に応じない口実を与えることになり、被害救済の実が極めて後退することが強く危惧される。
3 さらに言えば、昨今、商品取引員の倒産など信用不安が多発する中で、損害賠償請求が損失補てん禁止の規定の存在により時機を失すれば、被害救済そのものが決定的に不可能となる事態をも招来しかねないことにも配慮される必要がある。
4 ところで、商品取引所法施行規則案第103条の2第7号ロは、1000万円を上限金額として画しており、従前検討されていた140万円を上限金額とする改正案に比較すれば、実情に合致したものと評価することはできる。しかしながら、事故確認を要するか否かを分ける基準として、1000万円という金額が導かれた理由もその合理性も明らかにされていないし、その根拠を直ちに推測することもできない。実際の被害の実情を見ても、この1000万円という金額の前後で、被害内容に顕著な差を認めることはできない。また、商品先物取引被害事件においては、1000万円を超える被害事例は決して少なくないし、訴訟等による時間をかけた解決が困難な、高齢者や生活資金を根こそぎ奪われて今日明日の生活にも支障を来すに至っている事例であっても、多くが1000万円を超える被害に遭っている。否、むしろ、そうした緊急を要する事案こそ、被害額が大きい傾向にあると言ってよい。商品先物取引被害には、一般消費者が、数十年間にもわたって築き上げてきた半生の結晶であり、老後の平穏な生活のために費消されることが予定されていた資産さえをも全て奪われてしまうという凄惨なものが多く見られるのであり、現在の我が国における平均退職金金額及び平均貯蓄金額からしても、1000万円を上限とする合理的理由は見出しがたい。
5 よって、商品取引所法施行規則改正案第103条の2第7号ロは、削除されるべきである。
6 もっとも、商品取引は、プロによる、プロのための市場であるべきであり、御庁もそのような方向を指向しているものと理解している。その様な市場において損失補てんがなされれば、市場の公正が害されることも予想されるから、その限りで損失補てんを厳しく禁止することには意味を見出し得ないではない。しかし、そのような場合には、機関投機家を損失補てんの禁止の対象とすれば足り、今なお凄惨な被害が生じている消費者被害としての商品取引被害において弁護士が代理してする損害賠償請求を、損失補てんとして禁止する必要はない。なお、現在は、消費者契約法において消費者契約の定義がなされているのであるから、同法の定義による消費者契約としてされた商品取引は、商品取引被害の実情に照らし、事故確認を要しないものとするべきである。しかし、さらに配慮されるべきは、消費者契約法施行後は、同法を脱法する意図で、零細個人営業主名義の契約や中小企業名義の契約が締結されている消費者被害事例が増加しているという事実である。商品先物取引被害にあっても、同様の事例が増加する危険性が存在する。
  従って、損失補填禁止の観点から事故確認を要するものとしては、機関投資家に限定するとすべきである。

  意見の趣旨2について
 1 商品取引員の中には、新聞広告等において、金地金の購入を勧める内容を前面に出し、同広告を見て金購入のための資料請求を行う顧客に対して実際は金の商品先物取引を執拗に勧誘し、金の先物取引などに顧客を引きずり込んで、多額の被害を与える者が見られる。
  この場合、広告は、顧客をおびき寄せるいわば「おとり広告」である。
 2 そもそも、金地金購入を希望する顧客は、上記のような商品取引員がその「おとり広告」において強調するとおり、金の「安定性」「安全性」というローリスク(安定性)を重視する投資指向を有するのであり、商品先物取引のようなハイリスクな取引を指向する顧客とは全く反対の投資指向を有することは明らかである。ところが「おとり広告」を行う商品取引員は、この投資指向の違いを無視し、逆に顧客が「金」などの貴金属に関心を持って投資をしようとしていることを利用し、顧客を商品先物取引に引き込んで深刻な被害を与えているのである。
 3 このような深刻な被害を出さないためには、上記「おとり広告」を禁止する必要がある。
  具体的には、上記「おとり広告」においては、当該商品取引員が当該広告で宣伝しようとする商品について「著しく人を誤認させるような表示」をしていると考えられるから、今般の商品取引所法施行規則改正案第100条の6に、第7号として「当該商品取引員が当該受託業務で扱う取引の種類に関する事項」を加えるべきである。これを加えることにより、商品取引員は広告中で当該受託業務で扱う取引の種類(現物取引か先物取引かなど)を明記することとなるから、上記「おとり広告」はできなくなり、上記のような被害が予防できる。
以上