委託者保護ガイドライン改定案に対する意見書

 

平成19年7月30日

経済産業省商務流通グループ商務課 御中

 

              〒167−0051

東京都杉並区荻窪5丁目27番6号

中島第1ビル901号

                      荻窪法律事務所

                 先物取引被害全国研究会代表

                    弁護士  大迫惠美子

 

当研究会は、昭和57年に設立された、日常的に深刻な商品先物取引被害の救済に取り組んできた全国の弁護士数百名からなる研究会であり、委託者保護ガイドラインについては平成17年1月11日に意見を述べているものであるが、今般公表された委託者保護ガイドライン改定案は、委託者保護の観点からなお欠慮があると考えるので、以下のとおり、意見を述べる。

 

第1 総論

ガイドラインの改定にあたっては、以下の点が改めて確認されるべきである。

1 具体的内容を盛り込むこと

   ガイドライン策定の背景には、昨今の商品先物取引被害の増加を踏まえ、今後の被害予防と公正な取引の実現という目的があるので、ガイドラインにはその目的に沿った具体的な内容を盛り込むべきである。

 

2 従前からの規制を踏まえ、さらにこれを充実させる内容であること

   ガイドラインは、委託者保護のために従前規制されていた事項を全て継承し、それを発展させるものでなくてはならない。すなわち、政府は、1990年の商品取引所法改正の際、前年に社団法人全国商品取引所連合会(全商連)の受託業務指導基準が改正され、これまでの取引所指示事項や全協連協定が見直され、それらの内容が抽象化、一般化されるに際して、従来の取引所指示事項、協定で規制した具体的な事項を撤廃するものではないではないとしていた。また、平成10年法改正後に特定売買の規制であるチェックシステムMMT ミニマムモニタリングの廃止、新規委託者保護措置の一律規制廃止の際にも、政府は、それまでの法規制から自主規制へと規制方式を変更したものにすぎないとの説明をしてきた。

   委託者保護のための規制はその充実こそ求められているものであり、かつガイドラインにおいてはその規制内容の具体化が求められているのであるから、上記の過去の規制の具体的内容を踏まえて、さらにこれを充実させる方向でガイドラインの策定が行われなければならない。

 

3 付帯決議を実現させるものであること

   2004年の商品取引所法改正の際に衆参両院において、委託者保護の徹底の観点から、以下のような附帯決議がなされた。

@ 個人委託者の保護のため、商品取引員の勧誘方法に関し、適合性原則の徹底を始め関係法令を遵守するよう厳格に指導すること。特に、新規の委託者の保護には万全を期すこと。

A 両建て勧誘特定売買向玉については悪用されることのないよう厳正に対処すること

B 商品取引員の受託業務の実態を毎年調査し、公表するよう努めること。

C 監督体制については、農林水産省及び経済産業省が十分緊密な連携を図り、委託者保護に万全を期すとともに、米国の商品先物取引委員会(CFTC)なども参考にして、今後の監督体制の強化について検討すること。

D 交付する書面については、個人委託者にとってわかりやすい内容のものとするよう努めること。

   また、2006年の証券取引法等の一部を改正する法律案及び証券取引法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案の採択にあたって参議院において、「不招請勧誘禁止の対象となる商品・取引については、店頭金融先物取引に加え、レバレッジが高いなどの商品性、執拗な勧誘や利用者の被害の発生という実態に照らし、迅速かつ機動的な対応を行うこと。また、商品先物取引等については、改正後の商品取引所法の執行に鋭意努めることはもちろんのこと、委員会における指摘を誠実に受け止め、商品先物取引はレバレッジ効果を有するリスクの高い商品であることを踏まえ、一般委託者とのトラブルが解消するよう委託者保護に全力を尽くしていくこと。今後のトラブルが解消していかない場合には、不招請勧誘の禁止の導入について検討すること。」という附帯決議がなされている。

これらは商品取引所法の解釈運用に際して指針となりうるものであり、ガイドラインは、これらの附帯決議の趣旨を踏まえ、これを実現させるものでなければならない。

 

第2 適合性の原則に関する部分について

 1 適合性の原則について、今回、「常に、不適当と認められる勧誘」に「元本欠損又は元本を上回る損失が生ずるおそれがある取引をしたくない者に対する勧誘」を加記したことは、支持する。

   しかし、適合性の原則に関しては、本年6月27日に公表された「工業品先物市場の競争力強化に関する研究会報告書 ―市場参加者にとってより魅力ある市場の構築―」においても、「消費者保護への社会的要請は一層増してきており、工業品先物市場の競争力を抜本的に強化するに際しても、委託者保護を前提とすべきである。特に、今次の競争力強化のための措置に対応した適合性原則等の運用を行うとともに、当該措置が委託者保護に新たな現象をもたらす場合には、これに迅速かつ適切に対応することが必要である。」と指摘されているように、委託者保護のための諸制度の中でも特に注目されているところである。

   以下の点について、再度改定するべきである。

 

 2 顧客の属性の把握について

   ガイドライン改定案は、商品取引員に対し、「顧客の属性の把握に努めること」を求めるに過ぎない。しかし、顧客の属性の把握は、適合性原則の遵守の前提となる不可欠の事柄であるから、その把握は、「努める」のみで足りるものではなく、「把握しなければならない」と規定されるべきである。顧客の属性が把握できないときには、適合性原則を遵守する勧誘であるか否かの判断が出来ないこととなるから、当該顧客に対して勧誘を行うことは出来ないということが明記されなければならない。

   また、顧客の知識経験・理解能力を客観的に把握するために、商品先物取引に関する情報の有無、知識の有無、理解能力の有無を把握するに足りる、顧客自らに記載をさせる方式によるテストを行い、その結果が一定程度に満たないときには勧誘をしてはならないことを明記するべきである。

   さらに、ガイドライン改定案は、顧客の属性について、「(顧客の)申告に基づ」いて情報収集を行う必要があるとしているが、裏付けのない申告をさせるなどする事例が多発している現状からすれば、顧客の申告に基づくのみでは十分ではなく、「顧客から客観的資料の提出を受けて」情報収集をする必要があるものとするべきである。

 

3 常に不適当と認められる勧誘について

常に不適当と認められる勧誘の対象となる者として、@長期療養者、A公金取扱者や金融機関の責任者、B消費者金融などから高金利の借入れを行っている者、C過去に商品先物取引を行って清算金を支払えなかった者、過去に商品取引員との間で損害賠償請求等の紛議が生じた者、D外国人など日本語の読解能力を十分に有しない者を加えるべきである。

過去の裁判例や不祥事事件の内容からすれば、これらの者はすでに常に不適当と認められる勧誘の対象となる者とされている者と同様に常に取引適格を欠くというべきである。

 

 4 原則として不適当と認められる勧誘について

   原則として不適当と認められる勧誘の対象となる者として、@「一定の収入」を「年収1500万円以上」とし、A「一定の高齢者」を「65歳以上」を目安とするべきである。

   現在の商品先物取引の実態として、人あたりの委託金額が500万円程度であり、商品先物取引が余裕資金の範囲内で行われるべきものであることを考えれば、少なくとも、年間収入が1500万円に満たない者は取引適格を欠くというべきである。

   「一定の高齢者」が不適格であるとされる趣旨は、高齢者は類型的に理解能力を低下させる傾向があるということに加え、高齢者は財産の再形成能力に乏しいから、商品先物取引によって損失を被れば老後の生活の平穏が脅かされる危険性が高いというところにあるところ、現在では65歳が企業の定年とされていることが多いのであるから、同年齢以上の者は財産の再形成能力を原則として欠くものと考えるべきであり、原則として取引適格を欠くというべきである。

 

 5 社内審査手続等について

   商品取引員における社内審査が形骸化し、満足に機能していないことは、多くの裁判例が指摘するところである。社内審査による例外を設けることは、不適格者・新規委託者の保護措置を骨抜きにするに等しい。原則として不適当と認められる勧誘の対象となる者に対して例外的に勧誘をすることを可能とするのであれば、少なくともその判断は、社内審査ではなく、商品取引員以外の第三者機関によってされるべきである。

 

 6 商品先物取引未経験者の保護措置について

   商品先物取引の仕組みは、商品取引外務員によって説明が尽くされたとしても、未経験者にとって即座に理解しうる類のものではなく、だからこそ商品先物取引委託のガイドには、最初のページに、「この書面の内容を充分に読んで、商品先物取引を注意深く研究してその仕組みを理解したうえで」取引を行わなければならないとの注意書きがなされている。この観点から、未経験者に関係資料の読解・研究・検討の時間的余裕を与えるために、商品先物取引受託契約締結後、14日間が経過した後でなければ、取引を受託してはならいものとするべきである。

また、未経験者の保護期間中は、例外的にも投資可能資金額の引き上げや超過建玉を認めず、同期間中は例外なく、利益金・損失金をその都度精算するものとし、利益金を証拠金に振り替えてはならないものとするべきである。投資可能資金額の変更や一定取引量を超える取引が社内審査手続による例外を設けることによって可能とすることは新規委託者保護措置を骨抜きにするものであって到底容認されるべきものではないし、未経験者に対し商品先物取引のリスクを体験的に理解させ、急速な取引の拡大の温床となっていた取引益金の証拠金振り替えを防止するために、保護期間中は都度清算をしなければならないとするべきである。

さらに、習熟期間中は、直し、途転、日計り、両建、手数料不抜けのいわゆる特定売買を勧誘してはならないことを明記するべきである。

 

7 適合性の原則に反することが判明した場合の対応について

適合性原則に違反した勧誘又は受託を行なった場合、速やかに取引を終了させる必要があることを明記するべきである。

 

第3 不当勧誘規制について

 1 意思確認の記録について

勧誘に先だってされるべき顧客の意思確認に関する記録は、録音・保存するべきものとするべきである。

   勧誘を受けるまで商品先物取引を行っていない者は、商品先物取引を行わないという消極的意思を有する者であり、そのような者に対して商品先物取引の勧誘を初めて行おうとする場合に、適切な告知や意思確認が容易になされるとは考えられず、むしろ、勧誘と関係のない話をして会話をさせてから勧誘を行ったり、被勧誘者の気の弱さなどに乗じて一方的に「意思確認をした」とすることが多く、このような当初の勧誘方法が多くの紛議の温床となっていること、他方、商品取引員において初回の勧誘について録音・保存を求めることは難きを強いるものではないことから、ガイドラインにおいて明記するべきである。

 

 2 迷惑な仕方での勧誘の禁止について

   「迷惑な時間帯」として、食事の時間帯、勤務時間帯、家庭内の団らんの時間帯などが該当することを明示するべきである。

また、取引への積極的な参加の意思を示していない者に対して無差別に電話によって商品先物取引の勧誘を行うことは、そもそもそれ自体、一般的には迷惑な勧誘方法である。この旨をガイドラインに明記して、商品取引員にこの旨を正しく自覚させるべきである。

 

第4 説明義務等について

1 ガイドライン改定案は、勧誘時の説明事項の具体性に不十分な点があり、また、契約締結後及び契約終了時の説明内容に関する定めが極めて不十分である。勧誘時の説明事項については、顧客がより具体的かつ正確に商品先物取引の危険性を理解することができるよう、具体的に定めるべきである。また、商品先物取引においては、契約締結後契約継続段階における説明及び契約終了時における説明も重要なのであって、これらについて明確かつ具体的な内容を示すべきである。

 

2 勧誘段階における説明義務の内容(改正法218条関係)

勧誘を受けることを承諾した顧客に対して、勧誘する場合には、次の事項を、具体的に説明しなければならないものとするべきである。

(1)商品先物取引の内容、仕組み、危険性

取引は買玉だけでなく、売玉もできること。その理由。1枚から取引ができること。委託手数料は高額であり取引を繰り返すと取引で得た利益よりも委託手数料の額が上回り、委託手数料だけで損となってしまうおそれがあること。値上がりすると思って買玉しても当日には暴落する危険もあること。

商品先物取引は、知識、経験、資金、情報が十分ある人が参加できる取引であること。

商品先物取引に投入できる金額は無駄になってもさほど影響のない余裕資金の3分の1程度が相当であるとされていること。借金してやってはいけないこと等。

(2)価格変動の要因と予測の困難性

価格変動の要因は複雑であり、その予測はプロや専門家でも極めて困難であること等。

(3)相場が逆になった場合の対処方法

価格は、一日でも大きな変動があり得ること。建玉を維持するためには、追証等は翌日正午まで預託しなければならないこと。

(4)一般委託者の最終損得の割合(含む当該商品取引員における委託者の損得の割合)

委託者の約9割が最終的には損失で終わっていること。当該商品取引員における委託者の最終損得の割合。

(5)投入可能金額と相当な取引枚数(満玉の危険性等)

商品先物取引に投入すべき資金は余裕資金の3分の1程度にすべきであると言われていること。予め、当該委託者の予定投入金額を決めておくこと。

(6)委託手数料と税金について

委託手数料は株取引に比べ一般に高額であること、また、最終的に損失で終わっても取引継続中に一定の時点で利益があれば税金が発生すること。

(7)自己売買と利益相反の可能性

商品取引員も委託者と同じ商品について取引を行っていること、及びその際の商品取引員の建玉は委託者と反対の取引となる場合があること。

(8)当該商品取引員の訴訟、紛議件数と過去の処分件数及び内容

 

 取引継続中の説明事項

取引継続中の説明においては、以下の点を説明すべきである。

(1)各商品ごとに1枚の取引に必要な証拠金の額。

(2)最低年2回最初の取引から現在までの取引状況等を委託者勘定元帳証拠金現在高帳取引グラフ等を交付し、説明しなければなら ない。現在の委託者の損益と累積手数料額は不可欠である。

(3)1ヶ月ごとの、取引価格の推移(取引所の月報写し等。)。

(4)全部手仕舞した場合の返金できる金額をわかりやすく明示する こと。

(5)商品取引員の自己玉の状況。顧客と反対の建玉の場合、その理由。

(6)その他顧客から説明を求められた事項。

 

4 取引終了段階の説明事項

取引終了段階においては、以下の点を説明すべきである。

(1)顧客の全ての取引について、委託者別先物取引勘定元帳、委託者別委託証拠金現在高帳、取引グラフ等の書面を交付し、取引の結果等及びその顛末を説明しなければならない。

(2)顧客の個々の取引につき、取引担当者の氏名、住所、所属。

(3)その他顧客から求められた事項。

 

5 説明方法、説明記録の保管等

説明にあたっては担当者の氏名住所所属肩書き等を明示し説明を行った場所、時間、内容の記録を文書等で記録し、顧客から苦情申し出があったときには、顧客に対する説明状況に関する記録内容(録画・録音を含む)を開示しなければならないものとするべきである。

 

以上