商品取引員検査マニュアル(案)
                  についての意見

経済産業省商務情報局商務課検査室 御中
FAX 03−3501−6646
                     平成18年11月20日
     先物取引被害全国研究会
                                    代表幹事  山 ア 敏 彦
                                    事務局長  斎 藤 英 樹
          (事務所 〒530-0047 大阪市北区西天満2丁目6番8号 堂島ビル9階
                                   山ア敏彦法律事務所
                                        TEL 06−6365−8565
                                        FAX 06−6365−8539

 当研究会は、長年、先物取引被害救済に取り組んできた全国の弁護士有志による研究会である。当研究会の、商品取引員検査マニュアル(案)についての意見は以下のとおりである。

第1、はじめに
 1.立入検査の位置づけ
 (1)平成16年商品取引所法改正の国会審議、附帯決議
    政府は、平成16年商品取引所法改正の際に、年間3分の1の商品取引員に対する不意打ちの立入検査を行い、法令違反を確認した場合には業務改善命令、業務停止処分などの行政処分を行っているという(平成16年4月9日、4月14日衆議院経済産業委員会)。
    その際の衆議院附帯決議には、委託者保護のための勧誘方法、適合性原則の徹底等、関係法令を遵守するよう厳格に指導する、特に新規委託者保護には万全を期す(1項)、両建、特定売買、向玉については悪用されないよう厳正に対処すること(2項)、商品取引員の受託業務の実態は毎年調査し公表するように努める(3項)、監督体制については、万全を期し、CFTCなどを参考に今後の監督体制を強化を検討する、となっている。
 参議院でも同様であり、附帯決議には、勧誘行為に関しては個人委託者保護のため、適合性原則の徹底を始め関係法例を遵守するよう厳格に指導すること、特に新規委託者の保護には万全を期す(1項)、両建勧誘、特定売買、向玉等の悪用については厳正に対処する(2項)、監督体制について委託者保護に万全を期す(3項)となっている。
 (2)平成18年商品取引所法改正の国会審議、附帯決議
    さらに、平成18年商品取引所法改正(金融商品取引法改正)の際には、衆議院財務金融委員会附帯決議には、被害実態にかんがみ、実効性ある規制及び検査・監督を行うため、厳正な対応を可能とする体制を整備する(1項)となっている。
    また、より議論が深まった参議院財政金融委員会附帯決議では、被害実態にかんがみ、実効性の規制及び検査・監督を行うため、厳正な対応を可能とする体制を整備する(1項)、一般委託者保護に全力を尽くしていくこと(2項)、損失補填禁止に関する事故確認等については、顧客・投資家の被害救済に支障を来すことのないよう、機動的迅速な運用に配慮すること(3項)となっている。
 (3)平成18年6月22日前川清成議員の質問主意書に対する答弁書
    また、頭書の答弁書では、検査官を2倍に増加させ、事前通告なしで立入調査を積極的に活用するなど監督体制等の許可を図った(3項)、商品取引員の法令遵守体制等について一斉点検を行うため報告徴収行うことを予定している(4の2)などと答弁している。
 (4)以上の通り、これまで政府が答弁してきた立入検査の内容は、監督、行政処分の前提になるものであり、これに対する基本姿勢は、「厳正に指導」、「万全を期す」というものであって、勧誘、適合性原則、新規委託者保護、両建、向玉、特定売買などについては、悪用されないよう厳正に対処するというものであり、また、受託業務の実態について、前記附帯決議では、毎年調査し公表するように努めるとしてきたものである。
    こうした監督、処分、公表の前提となるのが、まさに立入検査であり、立入検査の重要性は、どんなに強調してもしすぎることはないのである。
 2.本件商品取引員検査マニュアル案について
   本件検査マニュアル案は、評価できる部分もあるが、これまでの前記政府の方針からすると、不徹底、及び腰、さらには後退していると言わざるを得ない部分があるので、以下にこれらの点を指摘し、変更を求めるものである。

第2、基本的考え方について
 1.商品取引員に対する検査の基本的考え方
 冒頭の、商品先物取引が、価格変動リスクを回避するための産業インフラとして重要な役割を担うとともに、「個人や機関投資家が資産運用をする場として重要な役割を果たしてきている」との点については異議がある。少なくとも、「個人の資産運用をする場としての重要な役割を果たしてきている」という部分は、削除すべきである。
   先物取引における個人委託者は、その大半が損失で終わっている。そのような先物取引を、「資産運用の重要な役割を担う」などという認識は、到底容認できないところである。
 主務省の立入検査は、現在、営業を行っている多くの商品取引員の営業姿勢に大きな疑問があることを前提とし、法令不遵守の実態を把握するとともに、その原因を解明し、具体的法令違反行為に対する行政処分の発効を可能とするために、商品取引所法第231条によって与えられた権限である。
 商品取引「事故」は、商品取引員があえて法令順守の姿勢を組織的に放棄し、違法を認識認容して行ってきた、まさに「被害」であることが再三指摘され、今般の「証券取引法等の一部を改正する法律案及び証券取引法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案」の審議の過程においても商品先物取引を一般大衆に勧誘する必要性自体に疑義が噴出し、学識者参考人からも、「商品市場はプロ市場であるべきである、一般委託者が入っているのはおかしい」との意見が示されるなどしているのであって、その審議の経緯は、同法律案を可決するにあたって本年6月6日に参議院がした、「不招請勧誘禁止の対象となる商品・取引については、店頭金融先物取引に加え、レバレッジが高いなどの商品性、執拗な勧誘や利用者の被害の発生という実態に照らし、利用者保護に支障を来たすことのないよう、迅速かつ機動的な対応を行うこと。また、商品先物取引等については、改正後の商品取引所法の執行に鋭意努めることはもちろんのこと、委員会における指摘を誠実に受け止め、商品先物取引はレバレッジ効果を有するリスクの高い商品であることを踏まえ、一般委託者とのトラブルが解消するよう委託者保護に全力を尽くしていくこと。今後のトラブルが解消していかない場合には、不招請勧誘の禁止の導入について検討すること。」という附帯決議に顕れているところである。
 このような現状において、主務官庁が、商品取引市場に「個人」が参加することが当然であるかのような前提で検査に望むことは不適切というほかはない。
 2.商品取引員検査マニュアルの基本的考え方、及び位置づけ等について
 (1)本マニュアル自体は、検査官の立入検査の手順及び手法を定めているということは否定しないが、位置づけ等の部分には、これによって、監督、行政処分の前提となるものであることが明記されておらず、しかも検査項目は「例示」であって、これらの基準達成を商品取引員に義務づけるものではない、また「機械的画一的な運用に陥らないよう配慮する必要がある」などという部分は、これまでの、政府答弁、附帯決議の趣旨に反し、看過しがたいと言うべきである。
    すなわち、検査を、「厳正に行う」、「万全を期す」というのがこれまでの政府の姿勢であるのに、具体的検査実施項目について、「例示であって、達成を義務づけるものではない、画一的運用に陥らないよう配慮」などというのは、これを遵守する必要がないと言っているのと同じであって、これまでの答弁に逆行するものと言わなければならない。
 本マニュアルに挙げられている検査事項の大部分は法令による遵守事項であるにもかかわらず、本マニュアルは、「全ての達成を商品取引員に義務付けるものではない」「機械的・画一的な運用に陥らないよう配慮する必要がある」とし、「検査官は立ち入り検査の際には商品取引員と十分な意見交換を行う必要がある」としている。しかし、当研究会会員が民事訴訟の場で商品取引外務員を尋問した際にも、取引所の立入検査に備えて、事後的に、売買伝票と整合させるように管理者日誌を変造したとの証言が行われているものもあるように、商品取引員には、法令遵守姿勢に極めて重大な疑問があるのであるから、検査は、「商品取引員との意見交換」ではなく、むしろ、「委託者に対する聞き取り調査」などによって実態解明を図る手続としなければならない。商品取引員に対して、「意見交換をするに足りる相手」であるというような姿勢で検査に臨むとすれば、検査の実効性を大きく阻害するおそれが大きいといわざるを得ず、体制改善につながる問題の解明に至らず、かえって、不透明な馴れ合いや癒着を生じる可能性があるというべきである。
 また、検査は、形骸化しないよう、実質的な検査を行うものとすべきである。特に、新規委託者に関する取引数量規制などについては、受託業務管理規則上の運用と現実の運用がおよそ異なる商品取引員も多く、超過建玉申請手続が形骸化し、さらには、申出書にことさらに虚偽事実を記載させたり、また日付を遡って記載させるなどの例が希ではないことからすれば、疑問点が生じた事項については、当該委託者に対して聞き取り調査をするなどして、検査の実質化を図るべきである。
 (2)また、本マニュアルの位置づけが、単に、指導・監督措置発動に資するというだけで、より重要な行政処分の根拠にするという位置づけがなされていないことも重大な問題と言わなければならない。
 本マニュアルにおいては、検査の結果を体制上の問題点の改善に向けることが予定されているが、具体的法令違反行為に対する行政処分等との関係がより明瞭にされるべきである。検査によって把握された法令違反行為に対して、適切かつ迅速な行政処分権限の発動があってこそ、検査による法令順守体制の確立が実効性を持ちうることを忘れてはならない。
 (3)さらに、定期的な検査に加えて、調査の端緒は、苦情、あっせん・調停、訴訟等に求める運用がなされるべきである。
 3.検査結果の公表について
 検査結果は、公表すべきである。
 前記附帯決議でも、受託業務の実態はできるだけ公表するよう努めるとなっているのであるから、検査結果の公表は、附帯決議の要求するところであると言うべきである。
 本マニュアルには、検査結果の公表に関する指針が示されてはいないが、立入検査の目的をより効果的にまた、透明性を以って実現させるためには、検査結果について、一定の基準によりこれを公表する手続を設けることが不可欠である。
   現在まで、商品取引員の法令不遵守により行政処分がなされた場合にも、事実の詳細が公表されてこなかった。しかし、一般的に公的調査を行った行政機関には、その結果を公表する義務があるというべきであるし、法令の改正や商品取引員の体制改善のためにも、検査によって明らかになった法令違反の具体的事実が公表されなければならない。

第3、チェックリスト等ついて
 1.何をチェックすべきか
   検査マニュアルは、平成16年法改正の際の国会答弁、衆参附帯決議を実践するものでなければならない。とりわけ重要なのは、法令等遵守事項では、勧誘、適合性原則、新規委託者保護、両建、向玉、特定売買等に関する法令遵守に関する検査である。
   具体的には、特定売買については、従来、チェックシステム、MMTによる監督が行われてきたが、これに準ずるマニュアルになっているのか、勧誘規制、適合性原則、新規委託者保護、向玉、両建等について、悪用されていないか、厳正なチェックが行われるような検査マニュアルになっているか否かである。
   本件マニュアルは、一定の評価はできるが、まだまだ不十分であると言わなければならない。以下、具体的に指摘する。
 2.検査マニュアル、第2 チェックリスト等について
   法令等遵守
 (1)法令等遵守体制の確認検査用チェックリスト
   概ね妥当である。
 (2)取引の公正確保に係る法令諸規則の遵守に関する検査用マニュアル
    この部分が文字通り、公正を確保し、委託者保護、被害予防の観点から極めて重要であるが、総じて、法令やガイドラインを記載しているだけで、「検査官の着眼点」とはいうものの、具体的に、どのような観点で検査をするのかという点が不十分である。
   @ 委託者の属性把握に関する項目がない。
     先物取引に参加する委託者の属性把握は、先物行政、商品取引員に対する監督権限行使の前提となるのに、この点が検査項目に入っていないのは問題である。
   A とりわけ、委託者の「損得」の割合が検討項目に入っていないのは重大な問題である。
     期首、期末における委託者の損益の状況、割合、及び取引を終了した委託者の損益の結果など、これらについて、平成8年の中間とりまとめ以降の委託者の損益に関する正式なデータがないのは、怠慢と言わなければならない。
 この点に関し、「営業の基本的態度」について、「営業の特徴、動向を示す係数を把握する」ことが重要である。全委託者に占める損失終了者の割合や全委託者の年間入金額に占める年間出捐金額、手数料金額などが十分に把握されることは不可欠である。
   B 営業姿勢については、不適正な勧誘が行われていないか、とりわけ、電話、訪問等の勧誘に不適正な点が無いか、より突っ込んだ検査が必要である。
     そのためには、勧誘については、全ての電話の録音が必要とされるべきであり、そのための物的、人的設備が整われているかどうか、少なくとも、取引を行っている委託者に対する電話録音記録が具備されているか否か、その内容について、チェックすべきである。
     電話勧誘リストは、何を基準にしているのか、勧誘の際には、勧誘受諾確認義務が履行されているか否か、再勧誘禁止に違反していないか否か、十分な説明を行っているか、断定的判断の提供等不当な勧誘が行われていないか、さらに、委託者がどの程度理解して取引を始めているのかは、勧誘から最初の取引までの電話録音記録をチェックすれば明らかとなる。
 また、この点に関し、チェックリスト9頁(3)@は、苦情等の顧客の申し出事項を「具体的に記載した」記載簿を整備し、「保管」しているか、とするべきである。
   C 適合性原則に関する検査
     検査マニュアルは、ガイドラインの写しと言うべきもので、検査マニュアルとしての独自性が乏しい。
     新規委託者について、投資可能金額の3分の1を越えていないか否かをチェック項目としていること自体は評価できる。この投資可能金額は、厳格に解釈運用すべきであり、当初委託者が設定した金額であることを明示すべきである。
   D 両建に関する検査
     個人委託者が両建をする合理的理由は見いだせない。両建があれば、原則違法という観点で検査すべきである。
   E 向玉に関する検査
     検査項目には、向玉に関する検査項目と思われるものも無いわけではないが、具体的商品取引員の自己玉と、委託者の建玉についての検査が不十分である。
     向玉については、先物訴訟においても争点となっているが、十分その実態が解明されているとは言いがたいのが現状であるが、立入検査は、これを解明する重要な機会である。我が国の先物取引に対する不信感は、勧誘段階では不招請勧誘、断定的判断の提供等にあり、取引段階では、向玉を中心とした客殺し手法にあるということを念頭に、向玉を検査すべきである。
 また、この点に関し、分別管理について、商品取引員がJCCHから引渡しを受け、あるいは受けうる余剰証拠金について、委託者に対して、正しくその旨が報告され、その意思に基づく処理が行われているか、余剰証拠金があるにもかかわらずそれが委託者に十分に認識されないままに新たな取引の証拠金に充てられるなどのことがないかを検査における留意点として挙げるべきである。
   F 特定売買に関する検査
     特定売買(直し、途転、日計り、両建、不抜け)が合理的取引ではないこと、委託者を食い物にする取引であることは、従前、チェックシステム、MMT(ミニマムモニタリング)が存在したことからも裏付けられている。
     しかるに、検査マニュアルには、委託者について、これら特定売買の有無、比率、手数料割合などについて、検査する項目が入っていない。
     特定売買については、附帯決議でも対策を講じるよう指摘されているところであるから、少なくとも、従前行っていたチェックシステム、MMT(ミニマムモニタリング)の項目は、本件検査項目に入れるべきである。
     そして、これらについて、どの程度の割合があれば、問題なのか、これまでの多くの判例を参考に、明示すべきである。
   G 訴訟への対応
     民事訴訟として商品取引事故の顕在化が多発している商品取引の実態に照らし、訴訟への対応という観点からより充実した検査が行われるべきである。
 チェックリスト17頁「訴訟等」2「訴訟への対応」には、「株主に不利益」との観点から訴訟対応がなされるべきであるかのように記載されており、著しく不適切である。検査は、商品取引の適切を担保するためになされるべきものであり、違法行為を行った方が経営上得策であるとの考えの下で違法行為が蔓延してきたこと(この旨は既に行政によっても指摘されてきた事柄である)を再確認しなければならない。
 また、同「訴訟への対応」について、虚偽の事実をあえて主張したり、偽造した証拠を提出したりする商品取引員が極めて多い現状にあるのだから、「誠実に応訴をしているか」という観点からの検査をすることは法令順守の精神を商品取引員に早期に浸透させるための有効な方法である。
 また、裁判所の判決等において、商品取引員の主張とかけ離れた事実が認定されたような場合には、商品取引員の組織的な法令遵法精神の欠如があると見るほかはないから、この観点からの検査項目を設けるべきである。
 さらに、「誠実な応訴」という観点から、裁判所が発令した検証命令、文書提示命令、文書提出命令に対して誠実に対応しているか、という検査項目を設けるべきである。
 裁判所による文書提出命令等は、まさに裁判所が商品取引員の法令順守の姿勢を問うているものである。しかるに商品取引員がそのような際にこれに誠実に応じないようでは、そのこと自体、商品取引員の法令順守精神の欠如の顕れであると見うるからである。
   H 商品取引事故に対する商品取引員の認識の改善
 商品取引員の取締役会に報告され、商品取引員の取締役らが把握するべき商品取引事故について、本マニュアルが「経営に重大な影響を与えるような問題については」との限定を付していることは、著しく適切さを欠く。
 商品取引事故は、本来決してあってはならない事柄であり、全件がその詳細と共に取締役会に報告されなければならない。既に述べたように、商品取引事故が、商品取引員において違法を認識認容して行われてきていることに照らせば、取締役に商品取引事故の重大さを認識させるためには、これを詳細に報告させるという前提が不可欠である。

第3、結語
 以上のとおり、商品取引員に対する検査においては、商品取引事故がいわば確信的に行われてきたという基本的視点に立ち、現実の商品取引事故の実態に即して実質的に行われ、かつ、それが行政処分手続と適切にリンクされ、商品取引員の遵法精神を十二分に涵養させるべき内容のものとされなければならないところ、原案は極めて不十分である。
 このままでは平成18年国会決議等の趣旨を没却するものであり、前記のとおりの変更がなされるべきは明らかだと考えるものである。
以上