証券取引法の一部を改正する法律案等
       (金融商品取引法案)に対する意見書

                 
  平成18年4月24日
                                先物取引被害全国研究会
                                        代表幹事  山 ア 敏 彦
                                        事務局長  斎 藤 英 樹
  (事務所 〒530-0047 大阪市北区西天満2丁目3番6号
           大阪法曹ビル402号 山ア敏彦法律事務所
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は じ め に
1.当研究会は、昭和57年の設立、以来長年、先物取引をはじめとする投資取引被害等の救済に取り組んできた全国の弁護士有志数百名による研究会である。
  当研究会に所属する多くの弁護士は、日常的に先物取引等の被害救済にあたっており、多数の被害者の悲痛な叫び、生の声を直接聞いている立場として、今回の法改正の不備につき、意見を申し述べるものである。
2.政府は、平成18年3月13日、「証券取引法等の一部を改正する法律案」、「証券取引法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案」(以下合わせて「金融商品取引法案」という。)を国会に上程した。これは、平成16年9月から平成17年12月にかけての金融審議会金融分科会第一部会における、金融商品に関する横断的な規制を内容とする「投資サービス法」の制定に向けての審議に基づいて、法案化されたものである。
3.国会に上程された金融商品取引法案においては、金融審議会で議論のないまま設けられ看過し得ない点等、各種の問題が存するところ、特に重要な点に絞って、以下のとおり意見を述べる。


意 見 の 趣 旨

1 全ての金融商品につき不招請勧誘を原則禁止すべきであるが、少なくとも商品先物取引の分野においては、不招請勧誘を禁止すべきである。

2 商品先物取引に損失補填の禁止規定を追加すべきではない。



意 見 の 理 由
1 意見の趣旨1について
(1) はじめに
 金融商品取引法案においては、電話・訪問による不招請勧誘(取引を希望していない消費者に対する勧誘)を禁止する規定を置いている。ところが、その対象について、「当該金融商品取引契約の内容その他の事項を勘案し、投資者の保護を図ることが特に必要なものとして政令で定めるものに限る」と限定している(金融商品取引法案第38条3号)。
   しかし、以下に述べる理由から、このような限定は設けるべきではなく、全ての金融商品、とりわけ被害が多い商品先物取引や海外商品先物取引、海外商品先物オプション取引等の商品デリバティブ(以下「商品先物取引等」という。)につき、不招請勧誘を原則禁止とすべきである。
(2) 不招請勧誘の危険性
   まず、不招請勧誘は、消費者の平穏な生活に突如として侵入してくる攻撃的な性格を有するものであり、それ自体是認することができないものである。とりわけ、金融商品の特性として、金融サービス業者と消費者との間の知識や情報、交渉力の差は他の消費者取引にも増して大きいのであり、不招請勧誘の結果、消費者が十分に仕組みやリスクなどが理解できないまま、得られるとされる利益ばかりに幻惑されてしまう危険性は極めて高い。
 また、金融商品市場の公正さも、市場参加者各自が自己責任に基づいた投資判断が可能であることによってはじめて保たれる。その市場への参加が、不招請勧誘という攻撃的かつ幻惑的な手法によって促進されることになれば、市場の公正さを保つことは極めて困難である。
 現に、平成17年12月、東京先物取引市場における「金」相場は、国際市場価格を無視して高騰を続けた。取引所は「臨時増証拠金」を徴収することによって市場の沈静化をはかり、その結果、東京市場の「金」価格は暴落し、「200万円の投資金で取引していた投資家が2000万円の不足金を請求される」などという被害が続出した。そのこと自体も由々しき事態であるが、さらに重要なことは、1つ間違えば東京先物取引市場が、世界の「金」市場に、ひいては世界経済に重大な悪影響を与えかねない状況にあったということである。市場価格の不当な暴騰は、通常、小規模な市場ないしは商品に、いわゆる「仕手筋」が大量の資金を投じることにより起こるものであるが、特に先物取引等においては、「不招請勧誘」により、相場価格を自ら理解、研究、判断することのできないような人が多数、参加させられることによって、業者がまるで仕手戦を仕掛けているかのように、一般顧客に徹底的に「買い」を続けさせ、常識では考えられないような価格暴騰を起こす結果となっている、などという批判もなされているところである。
(3) 不招請勧誘による被害実態
   そして、何よりも、商品先物取引等をはじめとする我が国において根強い投資被害の大半が不招請勧誘に端を発しているという実態を直視しなければならない。
   当研究会が、平成18年1月、全国の弁護士会ないし研究会の協力の下に行った「2006年全国一斉先物・外国為替取引被害110番」においても、その被害実態は顕著に伺える。まず、商品先物取引被害については、取引のきっかけは、業者による不招請勧誘が303件(うち「電話」が220件、「訪問」が67件、「その他」が16件)、それ以外が30件(うち「積極的に先物取引行う意思で」が7件、「宣伝、広告をみて興味をもって」が12件、友人、知人に勧められて」が4件、「その他」が7件)である。また、外国為替証拠金取引については、業者による不招請勧誘が89件(うち「電話」が66件、「訪問」が15件、「その他」が8件)、それ以外が6件(うち「積極的に先物取引行う意思で」が2件、「宣伝、広告をみて興味をもって」が3件、友人、知人に勧められて」が1件)と、実に被害の9割以上が業者による不招請勧誘に端を発している。
   このように、金融サービス業者の不招請勧誘に幻惑されて仕組みやリスクを理解できない取引に巻き込まれて、深みにはまっていく、というのが典型的な投資被害の構造なのである。
   これに対しては、不招請勧誘の禁止までは不要であり、金融商品取引法第38条5項のような再勧誘禁止(契約の締結や勧誘を希望しない旨を表明した者への勧誘の禁止。これも対象が限定されている。)規定をおけば足るという意見も存するようであるが、再勧誘の禁止のみでは、到底実効的とはいえない。上記のようにリスク判断が十分にできず勧誘を断ることができない一般消費者の投資被害を抑制することはできないばかりか、訴訟等において顧客が勧誘を断ったことを立証することも極めて困難だからである。
   今必要とされているのは、このような実態を正面からとらえた法的規制である。
(4) また、金融分科会第一部会における委員の議論においても、「不招請勧誘についても、原則不招請勧誘の禁止をすべき」「今までの縦割りの法律を横に見る場合でも、説明義務なり適合性原則のところについてはかなり似たような規制がされてきているわけで、それを共通化するということは全然無理ではない」(平成17年10月5日第34回金融審議会金融分科会第一部会議事録における上柳委員の発言)など、不招請勧誘の規制を一般的に設けるべきとの発言が多く見られる。
   また、世界各国においても、例えばEU諸国においては、2003年7月にいわゆる「通信に関する指令」の合意がなされ、同年10月末より、消費者の事前の同意がない場合に、ダイレクトマーケティングの目的で、自動架電装置によって電話をすること、FAX・電子メールを送信することを全面的に禁止するという「オプト・イン規制」(事前に同意なき限り勧誘してはならないとの規制)が実施され、Aアメリカでも、電話勧誘について、2003年10月1日以降は、「Do−Not−Call」というリストに登録し電話勧誘拒否の意思を表明した人に対しては、電話勧誘を行ってはならないとする制度が採用され、同年10月末の時点で、全米の総世帯数約1億2000万世帯の半数に迫る約5000万件の登録がなされ、さらに、Bイギリス、ドイツでは、不招請のFAXは「受信者の用紙と電力の窃取」と解釈されており、事前の同意がない限りFAXで勧誘を行うことを禁止している。
 これに対し、我が国の不招請勧誘規制は立ち後れていると言わざるを得ず、とりわけ、消費者に対する弊害が大きい金融商品の分野においては、原則不招請勧誘禁止の姿勢を打ち出すべきである。
(5) 以上の点から、全ての金融商品について、不招請勧誘禁止を原則とすべきである。
   また、金融商品のなかでも、商品先物取引等の被害は、そのほとんどが電話や訪問による不招請勧誘がその発端となっており、平成14年から16年まで、国民生活センターへの年間苦情件数が7000件を超え、10年前の4倍もの被害が引き起こされている極めて深刻な事態にあることを見落としてはならず、平成17年10月5日のデータ公表時にも、国民生活センターが従前と同様、「リスクの理解が不十分」「勧誘方法に問題がある」「適合性原則が遵守されていない」「消費者の意思が無視した取引が行われている」という問題点を列挙しつつ、「一般消費者は絶対に手を出さないことが最も重要」と呼びかけているところである。
 このように、特に商品先物取引等にこそ、不招請勧誘禁止の規制がなされなければならない緊急の必要性があるにもかかわらず、金融商品取引法案においては、そもそも商品先物取引をその規制対象に含めず、また、幅広い金融商品に関する横断的な制度の整備を図るとして、商品取引所法についても改正案が出されているが、ここにも、不招請勧誘禁止の規定は追加されていない(商品取引所改正案214条)。
 よって、第一に、まず、金融商品取引法の規制対象に商品先物取引等を含ませるべきであり、仮に、これらを規制対象に含ませないとしても、商品取引所法や海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律等の関連法の改正を同時に行って不招請勧誘禁止の規定を追加することによって、全金融商品につき原則不招請勧誘の禁止を実現すべきである。
 そうでなければ、「幅広い金融商品についての包括的・横断的な制度の整備を図る」(「証券取引法等の一部を改正する法律案」法案の理由)という法案の目的は到底達成することはできない。また、商品取引所法に不招請勧誘の禁止を規定しないことは、「証券取引法等の一部を改正する法律案要綱」の六において「幅広い金融商品に関する横断的な制度の整備を図るため、次の各法律において金融商品取引法に規定する所要の販売・勧誘規制の準用等を行う。」とし、「次の各法律」のうちの1つとして商品取引所法が明記されていることとも明らかに矛盾し、不当である。

2 意見の趣旨2について
(1) 金融商品取引法案においては、従来の証券取引法にあった損失補填の禁止の規定がそのまま置かれ(金融商品取引法案第39条)、この度、審議会での議論が全く行われていないにもかかわらず、商品取引所法においても損失補填の禁止規定が突如として追加された(商品取引所法改正案第214条の2)。
(2) しかし、損失補填の禁止の規定は、従来から、被害に遭った投資家が被害回復を求めて損害賠償を求めたときに、業者から示談解決拒否の口実に使われるという弊害が顕著であった。とりわけ商品先物取引については、以下の理由から、損失補填禁止の規定を新たに置くべきではない。
@ 上記「2006年全国一斉先物取引・外国為替証拠金取引被害110番」でも、多くの被害・苦情の電話があり、商品先物取引、外国為替証拠金取引に関する被害は依然として減少していないことが判明している。相談件数は前年度比で35%も増加している。
 とりわけ商品先物取引については、国民生活センターの年間苦情件数が2002年度には7000件を超え、10年前の件数の4倍にも達している。生命保険や株式・投資信託・公社債といった他の金融商品の相談件数が減少ないし横ばいの傾向にあるなかで、商品先物取引の相談は増加傾向にある(「金融取引の苦情の傾向と相談処理」(「国民生活」2006年3月号))。2005年5月に改正商品取引所法が施行され、勧誘受諾確認義務が課せられるなど勧誘規制が強化されたが、上記110番の苦情内容を見る限り、改正商品取引所法施行後の事案においても、「しつこい勧誘を受け、断っても勧誘が続き、取引を行うことになって被害を受けた」との苦情が数多く存在する状況に変わりはない。
    このような状況の中で、損失補填禁止の規定を置くことになれば、商品取引員の違法行為により損害を被った被害者がその損害の賠償を求める際、商品取引員側からその規定の存在をもって、損害賠償の示談解決拒否の口実に使われる虞れが高い。そうなれば、多くの商品先物取引被害者への被害の回復をいたずらに遅延させるだけである。
A 特に、これまで、商品先物取引の違法不当な受託勧誘事案の解決に重要な役割を果たしていた各地の消費生活センターでのあっせん処理が事実上不可能となる虞が極めて高く、早期の被害者救済のための有効な方途が事実上閉ざされる可能性がある。
B また、損失補填の禁止と事故報告制度は、商品取引員の紛争処理対応を透明化し、監督官庁の紛争管理に資する面があるようにも思えるが、昨年大手であった商品取引員が監督官庁に申告せずに紛争を解決する原資を工面するためにいわゆるダミー口座を開設するなどした事例が刑事事件となり関係者が有罪判決を受けたという実態からすれば、商品先物取引について損失補填禁止を法定すれば、かえって商品取引員が事故報告を免れようと不透明な紛争処理対応を行う虞が大きいことが懸念される。そして、そうなれば、法が監督官庁に期待する権限を発動するに足りる適正な被害情報の収集管理を阻害することにもなりかねない。
C 証券取引の分野においては、取引に損失が生じて終わったあとも、事後に損失補填をすることにより、次の注文を受託する手段とした、という例が、大企業たる投資家を中心に多数報告され、そのようなノーリスクマネーの流入は市場の公正という観点からも看過できないとして禁止されたものであるが、こと先物取引においては、「損失補填により次の取引を勧誘できる」などという構造にないもので、損失補填など、問題になったことなどかつて無く、弊害以外に考えられないところである。
 
 以上の点から、意見の趣旨1.2.のとおりの修正を求めるものである。
以上