投資サービス法制定に向けた「中間整理」に対する意見書

金融審議会金融分科会 御中

                    平成17年8月30日
  先物取引被害全国研究会
代表幹事  山 ア 敏 彦
事務局長  斎 藤 英 樹
  (事務所 〒530-0047 大阪市北区西天満2丁目3番6号
           大阪法曹ビル402号 山ア敏彦法律事務所
TEL 06−6365−8565
FAX 06−6365−8539

はじめに
 1.当研究会は,1982年の設立以来長年,先物取引やこれに類似する取引被害の救済に取り組んできた全国の弁護士有志による研究会である。当研究会に所属する多くの弁護士が,国内公設の先物・オプション取引被害はもとより,私設・海外の先物・オプション取引被害や,近時の外国為替証拠金取引の被害救済にあたっており,その過程で得られた先物関係裁判例は投資・投機取引分野の判例の中で,証券関係裁判例と並び,一際大きな群をなして存在している。
 2.金融審議会金融分科会第一部会は,金融商品に関する横断的な規制を内容とする投資サービス法制定に関し審議を重ね,2005年7月7日に,その「中間整理」を公表した。本意見書では,これに対する当研究会の意見を述べる。

意見の趣旨
1.投資サービス法の対象範囲としては,商品先物取引をはじめとする,商品デリバティブを含めるべきである。
 2.対象範囲の拡大との関係で,参入規制はむしろ強化すべきである。
 3.「不招請勧誘」の禁止を実現すべきである。
 4.適合性原則に関する規制をはじめとする,各種規制を強化すべきである。
 5.日本版SEC,CFTCの設置等により,市場監視機能を強化すべきである。

意見の理由
第1 わが国の商品デリバティブ市場の実態
 1.わが国の商品先物取引の市場構成は,その規模の6割〜9割が小口の個人委託者からの預かり資産で占められているという「いびつさ」を持ってきた。それは,商品取引員の外務員による消費者への電話・訪問勧誘によって支えられてきたものである。消費者は,長年にわたり,外務員による不招請の電話・訪問勧誘によって,それまでの平穏な日常の生活に,商品先物取引を持ち込まれてきた。その結果,多くの取引は外務員主導で実質的な一任により進められ,素人領域でおろおろと戸惑っているうちに,無意味で頻繁な売買を繰り返され,取引損金名下に虎の子の生活資産を収奪されてきた。一委託者当たりの平均資産投入額は400万円であるが,一般委託者の8割は損失を被って取引を終了してきたし,その多くは1年以内の早期に元金を失って市場から退出し,二度と再びこの市場の顧客となることはなかった。
 2.商品先物取引市場では,商社筋と商品取引員だけが勝つ,といわれる状態が続いてきた。商社筋の投機玉は,外務員から言われるままに取引をする素人玉を相手に常勝の利益を得てきた。一般委託者の取引損金の多くは,商品取引員の手数料が占められ,一般委託者の委託証拠金の多くは商品取引員の手数料に転化してきた。2003年期末において預り委託証拠金は4825億円にすぎないのに,手数料収入は3307億円にも上っている。また,消費者センターへの年間の苦情・相談件数は7500件を超えてきた。この被害は,わが国の国民のあらゆる階層に及んでいる。
   このような市場であるため,わが国の生産者・製造業者の多くは日本市場を忌避し,ひいては,ヘッジ市場そのものを忌避してきた。経験がないからノウハウも蓄積されなかった。わが国市場への当業者の参加は業界を挙げた喧伝にもかかわらず僅少であり続け,先行指標価格提供市場としての性格も,一部を除く主要な産品において,米欧へのキャッチアップにほど遠い状態が続くまま,アジア市場の台頭を迎えてきた。
   このような商品先物取引市場の周辺には,商品取引業の出身者らが企画した詐欺的な国内・海外の私設取引商法や外国為替証拠金取引商法,その他の悪質な利殖商法が,拡散して常に生滅を繰り返し,その都度数多くの消費者が生活資産を奪われて人生設計を台無しにされてきた。これらの取引被害の存在は,わが国の投資・投機取引全体に対する国民の信頼を著しく損ねてきている。
 3.少なくとも,平成16年商取法改正以前のわが国の商品先物市場及びその周辺市場においては,農水省・経産省という2つの主務省所管下において,法制度改革の立ち後れや,法の解釈運用・執行姿勢の低調さは,まさに目を覆うばかりであった。取引の公正と委託者保護,国民経済的に意味のある公正かつ競争的な市場の形成のいずれの観点から見ても,全体として完全に失敗し破綻し続けてきたと総括せざるをえないものである。
 4.もっとも,産業構造審議会商品取引所分科会は,平成15年12月24日付中間報告において,「従来,我が国商品先物市場は,個人の一般委託者が市場参加者の多くを占めるという特徴を有し,その中に,商品取引員の勧誘方法にも関連し,先物取引を行うのに必ずしも適格とはいえない委託者も含まれていたことが委託者トラブルが絶えない大きな要因でもあった。今後,我が国商品先物市場が上記のような経済システムとしての機能を十分に発揮していくためにも,当業者を中心とするリスクヘッジャーと,商品ファンド等の集団的投資スキームの利用を含め,自己責任に基づき主体的な投資判断ができる投資家(リスクテイカー)層から成る市場参加の構造を目指していく必要がある。」「我が国商品先物市場における委託者トラブルは増加しており,その多くが商品取引員の勧誘方法に関連している。このような現状を踏まえ,不適格な委託者の参加を防止し,自己責任に基づき主体的な投資判断ができる投資家の参加を確保する観点から,適合性原則を徹底するために商品取引員の行為規範として明確化するとともに,商品先物取引の仕組みやリスク等について従来の書面交付に留まらない実質的な説明義務を法定する等,商品取引員による勧誘行為に対する規制を一層厳格化することが必要である。また,委託者保護及び市場の公正確保の観点から,商品取引員の業務の公正を担保するための規制についても,一層の厳格化を行うべきである。」との認識を示した。
   そして,これを受けた平成16年改正商取法や,国会の付帯決議を受けた改正法施行規則・主務省ガイドラインでは,不十分ながら,投資・投機取引一般に共有されるべきIOSCO原則を反映した誠実公正原則,忠実義務等の趣旨に添う形で,禁止行為や開示・説明義務や適合性原則の内容などの行為規制が拡充されるとともに,行政執行権限が強化された。その後の主務省の行政執行においては,一定の体制強化が図られ,この下で,一定の努力がなされ,被害を続発させてきた商品取引員のうち,ごく一部に対するものとはいえ,いくつかの注目すべき処分が連続してなされ始めているのも事実である。
   以前と比較すれば,法整備に枠組みとしての一定の前進が見られたこと,行政執行が一定の成果を上げつつあることの2点は確認できるし,行政の現場で法執行に当たる現場の努力に対しては,同じく司法の現場で法執行に当たる弁護士実務家として注目している。
 5.しかし,わが国の商品デリバティブ市場は,法制度的にも,行政執行の現状を見ても,そして何よりも,その担い手の取引風紀(営業姿勢)の平均水準に照らして,未だ消費者・一般投資家に対しては,販売・勧誘のルールを云々する以前に,前提となる条件ないし状況が十分に整っていないために,全体として,「一般人に参入させてはいけない市場」という基本線を越えていないと断じることができる。
   これまでの経産・農水2元行政は,常に「取引の公正・委託者保護」の法的利益と,「既存業界の利益」という生の利益という,本来調整できず,すべきでもないものを調整してきたために改革を遂行しえずに終わってきた。
   わが国が,真実,国際的に信頼され,国際競争力のある商品デリバティブ市場を形成しようとするのであれば,上述のような旧来の市場の在り方を,担い手ごと抜本的に改革して,受託業者の取引風紀を,せめてわが国の銀行,証券会社並みに底上げしつつ,さらに全体として,国際標準のハイレベルなものにキャッチアップしていかなければならない。
   金融審議会第一部会の「中間整理」を見るにあたっても,真実の改革を実現するために,今何が「投資サービス法」の議論に求められているかが,論じられるべきである。

第2.「中間整理」に対する意見
 1.はじめに
   金融審議会第一部会が,国際市場間競争が激しさをます現況下で,金融市場の健全性・公正性(市場の担い手の誠実性・公正性)を厳正に確保することを通じて成功を収めてきたといえる英国の金融サービス・市場法(制)を強く意識しながら改革を行おうとしていること,そこでは,資本市場法制全般に及ぶ包括的な視点を持って,現在の縦割り業法を見直し,幅広い金融商品を対象とし,適正な利用者保護を図ることによって,市場機能を十分に発揮しうる公正・効率・透明な金融システムを構築する法制を策定し,その法制の実効性を確保しようとしていることは,改革の方向として,前向きに受け止めることができるものである。
   もっとも,「中間整理」は全体として,消費者の権利擁護の視点が太い幹として十分に座っていない。生身の生活をおくる個人としての消費者の権利は,適正な利用者保護の施策を図った結果として,完全に尊重されなければならない。規制緩和策と取締強化策は調整できるかもしれないが,改革の前後を問わず,消費者の権利は自在に調整できるような融通の利くものではないし,これに対する侵害は,とりあえず脇に置いておけるような軽い存在ではない。
   市場法制の要諦は,「良い商品を良い場所で良い人から買う」ということに尽きるものであるところ,その構成要素は,商品・市場・担い手・買い手であり,買い手として,またはその広大な裾野辺りに,生身の生活をおくる個人としての消費者が存在する。
   市場法制の要素に含まれる消費者について,わが国は,平成16年に消費者基本法を制定・施行した。わが国の立法者は,消費者の固有の権利を尊重し,その自立を支援する施策を講じる責務が課せられている。
   投資・投機取引(市場)の基本法を目指す投資サービス法は「時々の経済政策」といったものよりも大きなものである。そうであれば,なおさら,その法制度改革の内容において,@消費者の安全が確保され,A商品及び役務について消費者の自主的かつ合理的な選択の機会が確保され,B消費者に対し必要な情報及び教育の機会が提供され,C消費者の意見が消費者政策に反映され,並びにD消費者に被害が生じた場合には適切かつ迅速に救済されることという「消費者の権利」の全ての側面に留意し,これを具体化したルール群が十分に確保されなければならない。
 2.投資サービス法の対象範囲について
 (1)今回の,「中間整理」の内容を見る限り,投資サービスの対象商品として,商品先物取引や海外商品先物取引,海外商品先物オプションなどの商品デリバティブやその市場に対する規制が含まれるか否かは,微妙な状況にあるようである。
    この点,当研究会としては,現在議論されている投資サービス法には,商品デリバティブを対象範囲として含めるべきであると考える。もっとも,それは同時に,投資サービス法が,商品デリバティブの分野についての実情を踏まえた上で,投資サービス法の位置づけを明確に意識し,真実の改革を可能とするような定め方がなされるべきであることを意味する。
 (2)一般的にいえば,「中間整理」は,投資サービス法の対象となる金融商品(以下「投資商品」)について,@金銭の出資,金銭等の償還の可能性を持ち,A資産や指標などに関連して,Bより高いリターン(経済的効用)を期待してリスクをとるものという基準の設定を試みているが,商品取引分野でも,資産運用のために取引に参加する利用者は,@証拠金を預託して,A約定先物価格(指標)関して差金決済することにより,B預託金よりも多くのリターンを期待してリスクをとるものなのであるから,この基準によれば,商品デリバティブが金融商品にあたることは明らかである。
    また,わが国が,包括的な資本・金融市場法制の樹立を目指し,投資・投機取引に関する基本法を作ろうという時に,その包括ルールの規制の枠の外に,商品デリバティブの市場や取引を置いてしまうとなると,その規制メカニズムの将来は直ちに怪しくなろう。国際的な市場経済の管理監督をしようとする者にとっては,証券・通貨取引と商品取引,証券・通貨デリバティブと商品デリバティブは,車の両輪ないし三つの基軸に他ならないからである。「中間整理」が,「2.市場制度のあり方(1)取引所の上場商品の拡大」において,「世界的な潮流として,電子的な取引システムにおいて,債権やエネルギー,排出権など,様々なものが取引されるようになってきているなか,投資サービス法上の取引所においては,有価証券や金融先物などの投資商品に加え,幅広い商品の取扱いが可能となるようにすることにより,取引所の機能を活用するとともに,利便性を高めるべきである。」と述べている点は,このような観点から商品デリバティブ市場を同法の傘下に置くことを意識したものといえる。
 (3)もっとも,わが国のわが国の商品デリバティブ市場は,販売・勧誘のルールを云々する以前に,前述の通り,何よりも,その担い手の取引風紀(営業姿勢)の平均水準に照らして,未だ消費者・一般投資家に対しては,前提となる条件ないし状況が十分に整っていないために全体として,「一般人に参入させてはいけない市場」という基本線を越えていない。
    現在,この分野は,旧来の市場の在り方を,担い手ごと抜本的に革新して,業者の取引風紀を,せめてわが国の銀行,証券会社並みに底上げしつつ,併せて国際標準のハイレベルなものへのキャッチアップを目指すという観点からは,危険な過渡期の赤色灯が点滅している。
    このような市場においては,あるべき法制度を早急に整えるとともに,そのような法制を厳正・迅速に執行するために,特別の行政及び司法の法執行の体制を整えることが,もっとも重要かつ肝要な点である。
    このような場合,規制内容,集団投資スキーム,市場の在り方及びルールの実効性確保のいずれの点についても,銀行・保険・証券などの他の業法分野とは異なった臨時の法制度及び執行体制を組んでおく必要がある。
    現在議論されている投資サービス法には,商品デリバティブを対象範囲として含めるべきである。しかし,それは,同時に,この業法分野について,上述の改革を可能とするような規定が置かれる必要がある。
    この点,外国為替証拠金取引に関する実例が参考になる。@この取引は,平成16年になって金融商品販売法の規制下に置かれたが,これは意味がないばかりか,救済訴訟の実務ではマイナスの意味を持つ局面もあったこと,Aこれとは別に,平成17年に金融先物取引法の規制下に置かれ,この下で,ようやく,金融庁によって,ブラック業者に対する法執行が成果を収めつつあることの2点が想起されるべきである。
    これによれば,第1に,投資サービス法という包括ルールの全体的水準が低ければ,投資サービス法に組み入れることは逆に,不当な業者に合法性の装いをまとわせる効果を持つことが留意されるべきである。
    第2に,今後とも,商品先物やその周辺業種において相当数の退職者が生まれることから,これに伴って類似・まがいの利殖商法が次々に芽を吹き出すことは容易に想定できるから,商品デリバティブを包括的に投資サービス法の対象範囲として含める必要がある。しかし,そのルールの一般的水準や機動力は,これらの類似・まがい利殖商法を実効的に抑止するに足りるものでなければならない。
    第3に,商品デリバティブ市場の現状を正しく改革するには,あるべき投資サービス法の一般的ルールでは足りないことは明白であるから,その下位にこの市場に対する包括的な規制法を置かなければならないし,横断的な規制を図った結果,商取法制の改革のための規制体制が万が一にも現行よりも弱まるといった事態を招かないようにしなければならない。
 3.規制内容について
 (1)参入規制
    「中間整理」は,「原則登録制とし,財務の健全性の確保,コンプライアンスの実効性,経営者の資質(fit and proper)などに配慮しながら,業務内容に応じた要件を定めるべきである。」としている。
    しかしながら,商品先物取引分野の参入規制は,目下,現行法のその枠組みを維持し,さらに強化する必要がある。
    商品先物取引の受託業務に関しては,単にハイリスク・ハイリターンで,仕組みが専門的かつ複雑であるという商品性だけでなく,その市場の構成や,業界の取引風紀そのものが全体として早急に革新されるべきであるという実情に鑑み,目下,許可制が堅持されるべきであるし,しかも,許可更新の年限は,現行の6年ごとではなく,2年ごととするなど,当面,より短期間の更新とすべきである。
    この業界に関しては,銀行・証券並みの業態へとキャッチアップを遂げた後に初めて,登録制へと移行すべきかどうかが検討されるべきである。
 (2)行為規制
   ア.基本認識
     消費者を対象とする投資・投機商品の販売については消費者保護規定を新設・拡充すべきであり,「中間整理」がこの点を指摘していることは当然である。
     重要なのは,消費者保護規定の新設・拡充内容である。
     たとえ投資サービス法において幅広い金融商品を対象とする漏れのない制度を構築したとしても,例えば,それが金融商品販売法の適用対象を「拡充」しただけの制度であれば,全く意味がない。
     同法は,商品先物関係訴訟の場においては全く意義を見い出せていない。これは,単に適用が理由なく除外されている実情によるものではない。同法で規定されている説明義務が,判例上の説明義務のレベルに比較して取るに足りないものであるからである。
     前述の通り,金融庁は,外国為替証拠金取引による被害が激増した後である平成16年4月に,同取引を金融商品販売法の適用対象としたものの,その後も被害は減少することはなかった。
     このことからも分かるとおり,金融商品販売法の内容を同一の内容で横に「拡充」するだけでは,金融商品に関する消費者被害防止には役立たないばかりか,逆にマイナスの局面を生む可能性が高い。
   イ.不招請勧誘の禁止を実現するべきこと
   (ア)投資サービス法においては,対象商品が商品デリバティブか否かとか,ハイリスク・ハイリターンの商品であるかに否か等に関わりなく,電話・ファックス,訪問,電子メールによる不招請勧誘(自ら取引を希望していない消費者に対する勧誘)を原則禁止とすべきである。
   (イ)周知の通り,不招請勧誘に対する厳しい姿勢は世界的な流れとなっている。
      @ EU諸国においては,2003年7月にいわゆる「通信に関する指令」の合意がなされ,同年10月末より,消費者の事前の同意がない場合に,ダイレクトマーケティングの目的で,自動架電装置によって電話をすること,FAX・電子メールを送信することを全面的に禁止するという「オプト・イン規制」(事前に同意なき限り勧誘してはならないとの規制)が実施されている。
      A アメリカでも,電話勧誘について,2003年10月1日以降は,「Do−Not−Call」というリストに登録することで,電話勧誘拒否制度適用の意思を表明した世帯に対しては,電話勧誘を行ってはならないとする制度が採用され(「電話勧誘拒否登録制度」),同年10月末の時点で,全米の総世帯数約1億2000万世帯の半数に迫る約5000万件の登録がなされている。
      B イギリス,ドイツでは,不招請のFAXは「受信者の用紙と電力の窃取」と解釈されており,事前の同意がない限りFAXで勧誘を行うことを禁止している。
   (ウ)これに対し,わが国の不招請勧誘規制は著しく立ち後れていると言わざるを得ない。
      一般に,消費者の生活圏に時間や状況を選ばず不意打ち的に介入する業者の電話や訪問による不招請勧誘が,消費者の冷静に判断する機会を阻害し,不当な契約を誘発するおそれがあることは,消費者契約法,特定商取引法(旧・訪問販売法)など消費者関係立法の制定・改正の際に度々指摘されてきた問題である。不招請勧誘は個人の生活の平穏を侵害するものであるという点,個人の名簿・情報の目的外使用,第三者への情報流出を伴って行われていることがうかがわれる点など,個人のプライバシーや個人情報保護の観点からの問題も指摘されている。
      投資サービス法が扱う投資商品は,目に見えず,手で触れることができず,将来の予測について予断できない商品である。このような商品が,不招請の電話・訪問販売その他の方法によって,個人の平穏な生活の中に持ち込まれることは,@消費者の安全が確保され,A商品及び役務について消費者の自主的かつ合理的な選択の機会が確保されるべき,消費者の権利に対する侵害であるというべきである。
      いわゆる日本版ビッグバンによる金融サービス分野における規制緩和に当たっても,これに伴う消費者被害の多発が危惧され,各界から不招請勧誘に対する規制の必要性が指摘されていたものである。しかるに,今日までに実現した不招請勧誘を内容とする立法は,外国為替証拠金取引被害を規制するために本年7月1日に施行された金融先物取引法(同法においては,電話,訪問だけが禁止されているにとどまる)だけである。
      この点,商品取引所法の平成16年改正に関する衆議院の質疑においても,アメリカで電話勧誘拒否登録制度が導入された点も引き合いに出され,不招請勧誘規制を導入すべきかが議論されたが,この際の経済産業省商務情報政策局消費経済部長小川秀樹参考人の答弁は,「やはり言論の自由といいますか通信手段の自由といいますか,そういうこととの関係の問題がございまして,実際,そういう電話での営業をしている企業のグループから訴訟が起きておりまして,地裁で違憲判決が出て,高裁で合憲判決が出ましたけれども,現在まだ訴訟が継続中,そういう事情にあるわけでございます。」「いずれにしましても、商品先物取引だけについて議論するというのも難しい問題でございまして、他の金融商品など投資的取引全般との関係も広く慎重に議論する必要があるというふうに考えておるわけでございます。」というようなものであった。
      しかし,上記参考人の答弁で触れられているアメリカの訴訟であるが,既に平成16年10月5日までに,最高裁によって高裁の合憲判決(連邦第10巡回控訴裁判所平成16年2月17日判決)が認可され,言論の自由・通信手段の自由を保障する憲法修正第1条に違反しないとする合憲判決が確定している。
      「100人中1人に聞いてもらえる営業の自由は,99人の,生活の平穏を犯されたくないという権利に明らかに劣る」のである。
      「投資取引全般との関係を慎重に議論する必要がある」といった逆転した立論で,商品先物取引のような,個人にとって危険きわまりない商品の「訪問販売,電話勧誘」を原則的に禁止することすら実現できないわが国主務省の現状を見れば,そこに,「既存業界の利益」といった法的に斟酌すべきでない要因が働いていることは明白である。
      @不招請勧誘が殆ど全ての消費者被害事件の端緒となってきたこと,
      Aそれが消費者の平穏な生活に介入するものであること,
      Bそれが個人情報流出・プライバシー侵害に繋がること,
      C投資・投機取引による消費者の被害の重大性・深刻性,
      D米欧で不招請勧誘が禁止されてきており,その市場と公正に競争しなければならないこと
     を考えれば,金融商品の利用者(消費者)保護を拡充し,市場の信頼性を高めることを目指す投資サービス法において不招請勧誘を禁止するべきは,当然のことである。
   (エ)肝心なことは不招請勧誘禁止の実効性の担保である。
      実効性担保のためには,違反に対する制裁的な規定等を明確にしておくことが必要がある。具体的には,契約取消,損害の推定,クーリング・オフなどの民事的な効果の規定,営業停止や営業許可の取消などの行政処分規定,両罰規定などの刑事罰則のような,被害の実情等に応じた規定を設けるべきである。
   ウ.適合性原則に関する規制
     受託者責任を具体化した義務としての適合性原則に関しては,対象商品が商品デリバティブか否かとか,ハイリスク・ハイリターンの商品であるかに否か等に関わりなく,2段階で位置づけ,第1次的には,「消費者にその取り扱うすべての金融商品の中から最適な商品を紹介すべき義務」(ベストアドバイス義務)を業者の努力義務として課し,第2次的に,「消費者の知識,経験,資力,投資目的等に適合しない金融商品を勧誘してはならない」とする法的義務を業者に課すべきである。
     これを実効あらしめるために,第2次的な法的義務に違反した場合には,消費者は契約を取消し,又は損害賠償を請求することができるものとすべきである。
   エ.開示義務・説明義務に関する規制
     説明義務に関しては,業者に対し,
    @ 契約締結に先立って契約の概要その他重要事項を記載した書面(事前書面)の交付を義務づけ,
    A 契約締結に当たって契約の内容及び履行に関する重要事項を記載した書面(契約書面)の交付を義務づけ,その上で,
    B上記の事前書面,契約書面,その他重要な事項について,消費者の十分な理解を得るよう説明すべき義務を課すべきである。
     なお,説明義務の内容については,元本割れ,元本以上の損失の警告だけに矮小化されるべきではなく,信義則を根拠に広範に認められている判例の説明義務の水準,すなわち,消費者が当該投資(金融)サービスの仕組みと危険性,リターンとリスクの全体像について正しい理解を形成した上で投資判断ができるよう配慮すべき義務にまで高められるべきである。
     そして,これを実効あらしめるために,違反に対しては,消費者は契約を取消し,又は損害賠償を請求することができるものとすべきである。
   オ.広告に関する規制
     広告に関する規制に関しては,一般的には,当該金融商品の危険性の程度その他消費者の投資判断に影響を及ぼす重要事項を漏れなく表示することを義務付けると同時に,当該金融商品を通じて得ることのできる利益の見込みなどに関し,事実と相違する表示や人を誤認させるような表示を禁止する規定を置くべきである。
     もっとも,商品先物取引に関しては,現状では,個人向け広告そのものを禁止すべきであると考えられるから,このような特別法を可能とするような規定の仕方がなされるべきである。
     また広告規制を実効あらしめるために,違反に対しては,消費者は契約を取消し,又は損害賠償を請求することができるものとし,さらには,業者に対し業務停止等の処分規定を盛り込むべきである。
   カ.受託者責任・資産運用・助言業者ルールについて
    「中間整理」が,「英国金融サービス法のもとで,金融サービス業者が誠実義務(Integrity)や公正義務(Treat CustomersFairly)などを義務づけられていることや証券監督者国際機構(以下「IOSCO」)等の国際機関の原則なども踏まえ,業務上の義務として,誠実・公正義務や善管注意義務を投資サービス業者に義務づける」としていることは,賛成である。
     このほか,資産運用・助言業者について,「@善管注意義務,A忠実義務,B自己執行義務,C分別管理義務を規定すべきである。」としている点も,賛成である。
     もっとも,受託業者が,一任取引が禁止されているにもかかわらず,口座における取引が,実質的一任取引状態となり,受託業者によって口座が支配されているような場合において,このような受託業者が一般に,資産運用・助言業者と同様の義務を負うべきことについても,わが国の民商法のルールや判例上確立したものとはいえない以上,法文で明記されるべきである。
 4.集団投資スキームについて
   商品ファンド法には,商品の内容等について記載した書面を契約締結前,契約締結時に交付することが義務づけられ,断定的判断の提供による勧誘,損失・利益保証による勧誘等も禁止され,クーリングオフの制度も採用されている。
   他方,これらの規定は,銀行・証券会社・保険会社については適用除外とされている。
   しかし,消費者向けのファンドについては,これらの規定を投資サービス法に盛り込み,横断的な規制がなされるべきである。
 5.ルールの実効性確保(エンフォースメント)について
 (1)市場行政体制の強化について
   ア.「中間整理」が,「いわゆる「日本版SEC」論などにおいて指摘があるように,日本における市場行政体制を米国SECなどと比較した場合,その陣容は企画立案,監督,監視(検査)の各部門とも大きく見劣りする。投資サービス法の制定により,市場行政の対象範囲が大幅に拡大すること,規制緩和と事後監視型行政の徹底に伴い監督対象となる業者数が増加すると見込まれること,また,金融立国を目指し国際金融センターにふさわしいルール策定を行っていく必要があることから,企画立案,監督,監視のいずれの部門においても,大幅な体制強化が必要であるほか,金融先物取引業,抵当証券業,商品ファンド業,不動産特定共同事業等に係る組織の再編・統合を行うことが必要である。」とする点は,同感である。
   イ.ところで,「省庁をまたがる問題については,ルールの横断化や一元化に併せ,エンフォースメント体制を一元化していくことが望ましく,利用者にも分かりやすいが,そのような理想的な姿に至るには課題も多いことから,まずはルールの横断化や一元化を最低限達成すべきであるとの指摘もあった。」とあるとおり,「中間整理」においては,漠然と「体制の大幅な強化」を述べるにとどまり,エンフォースメント体制の一元化に向けたビジョンが示されていない。
     この点については,当研究会は,平成15年11月にとりまとめた,「先物制度改革意見書」の中で,「わが国の商品先物取引は、制度改革全般について見直す時期に来ていると言わなければならない」として,「3元行政を改め,例えば日本版CFTCを設置すること」を提言している。
     幅広い金融商品を対象とした漏れのない制度にふさわしい組織が監視監督機能を担う必要があるのであり,国家行政組織法3条に規定する独立行政委員会として日本版SECないしCFTCを設置し,そこで監督,監視を行うこととするべきである。
     そして,委員会では,消費者が継続的に関与する仕組を取り入れることが,消費者の信頼確保のために重要である。
 (2)市場監視機能の強化について
ア 民事責任規定
a 消費者被害の救済は民事規制の観点で捉えるのみでなく,それ自体が投資サービス法の目的の一つとなるべきものである。金融商品による消費者被害が迅速・適切に救済される体制があってはじめて,投資・投機商品の取引に対し一般の個人が参加できることとなる。
   b 現状の民事規制は不十分であり,更に効果的にする必要がある。
     そのためには,行為規制の欄で述べたとおり,@不招請の勧誘を禁止しその違反があった場合に取消権等の民事効を与えることや,A適合性の原則違反を理由として不法行為の成立を認め損害賠償を命ずる判決が積み重ねられてきたことに鑑み,適合性の原則違反に損害賠償義務・取消権・無効等の民事効を伴わせるなどの規定が設けられるべきである。
 さらに効果をあげるために,B消費者の立証責任の軽減と,C事業者の懲罰賠償制度が考えられる。また,クラスアクション制度や団体訴権などについてもその導入を検討すべきである。
イ 課徴金
課徴金については,「中間整理」で指摘されているとおり,独占禁止法の改正に伴って今後行われる予定の課徴金にかかる制度のあり方等に関する検討などと連携しつつ,その適用範囲,内容,他のエンフォースメント手段との関係などに検討すべきである。
そして,さらに,利益吐き出しやこれらを原資とした被害者救済の手法についても検討すべきである。
(3)自主規制機関の機能強化
    商品デリバティブ市場の自主規制については,CFTC=NFAのようなラインで,新たな3条委員会と日商協が機能することが1つのモデルとして考えられるが,日商協の会員事業者そのものの風紀水準全体が改革されるべきなのであるから,今少し,商品先物業界の帰趨を見極める必要がある。
以 上