2005年1月13日

「商品先物取引の委託者保護に関するガイドイン(案)」に対する意見書

先物取引被害全国研究会

代表幹事 津谷 裕貴
同事務局長 山崎 省吾

第1 はじめに
 経済産業省は、平成16年12月15日「商品先物取引の委託者保護に関するガイドライン(案)」(以下、ガイドライン案という)を公表し、パブリックコメントを募集している。
 当研究会は、商品先物取引において、委託者保護、公正な受託業務確保を最重要と位置づけており、その立場から、今般の商品取引所法改正に先だって米国先物調査をし、制度改革全般に関する意見書を公表し、法改正後は、政令、省令に関する主務省のパブリックコメント募集に対して、それぞれ意見書を提出してきた。
省令改正の意見書で指摘したように、これまでの政令、省令改正案を見ると、主務省は、委託者保護について、先物被害の実態や先物判決をまじめに分析し、先物被害を減少させようとする真摯な姿勢が見受けられず、監督官庁としての責任を放棄するものと言わざるを得ない。
今回のガイドライン案については、ある程度の評価できる部分もあるものの、委託者保護、公正な受託等業務を確立するには内容的にまだまだ不十分であるだけでなく、法改正のさいの政府の説明よりも後退したり(例えば、適合性原則について、法改正段階では70歳以上を不適格者としていたのが、今回の案では75歳に後退している)、また、社内審査で例外を容認するなど、ガイドラインが骨抜きにされることを最初から容認している内容となっている。
重要なことは、商品取引所法改正の国会での附帯決議は、政令改正、省令改正でも見送られ、最後のガイドライン案でも見送られているのであって、看過できない問題がある。とりわけ、両建、特定売買、向玉については、附帯決議で「悪用されることがないよう厳正に対処すること」という附帯決議があるが、これらが、今回のガイドライン案にも触れていないことは、極めて遺憾と言わなければならない。
このままこれが「商品取引所法における商品取引員勧誘行為等にかかる規制についての解釈指針を示す」ものとして示され、しかもこれが「各社ごとの自主規制を通じて、各社の実態に応じた委託者保護に努めることが求められる」程度のものであるとすれば、ガイドラインの存在意義は無きに等しく、完全に監督官庁としての責任を放棄し、国会審議、附帯決議を無視したといわざるええない。
以下、具体的にガイドラインの問題点を指摘するので、当研究会の意見や日頃委託者保護に献身的に取り組む弁護士の意見に真摯に耳を傾け、国会での附帯決議をもう一度良く見直し、ガイドライン案を改めたい。

第2 ガイドラインについて
(結論)
1  ガイドラインの冒頭には、ガイドラインが商品取引所法の解釈指針を示すだけでなく、法の解釈と運用の指針を示すものであること、ガイドライン違反が法律違反になること、従って、損害賠償、処分の対象になり厳正に遵守する必要があることを明記すべきである。
  前文の、なお書き削除すべきである。
2  ガイドラインの内容として、A適合性の原則、B不当勧誘規制、C説明 義務関係だけでは不十分であり、D禁止行為も加えるべきである。
(理由)
1  ガイドライン案の冒頭には、商品取引所法における商品取引員の勧誘行為等に係る規制についての解釈指針を示すことにより、「商品取引員の受託業務の適正化を通じた委託者保護を図ることを目的とする」とある。
   ガイドラインは、法律解釈だけでなく、法律解釈とその運用についての指針であり、ガイドライン違反は法律違反であること、従って、処分の対象になり、損害賠償の対象にもなり、厳格に遵守すべきことを明記すべきである。
   また、なお書きには、「商品取引員自らが所属する組織による自主規制又は各社ごとの自主規制を通じて、各社の実態に応じた委託者保護に努めることが求められる」との記載があるが、これは、商品取引員に、ガイドラインは「各社の実態に応じた」程度で良いという言い訳を与えるだけであって、有害無益である。
  主務省の委託者保護に関する腰砕けの姿勢を示すものであって、削除すべきである。
2  ガイドラインが、受託業務の適正化を通じた委託者保護を図ることを目的とするのであれば、最低限、不当な受託業務の典型である「客殺し」を禁止することは不可欠であり、そのためのガイドラインを、これまで積み重ねられてきた先物訴訟判決と、被害実態を踏まえ制定すべきである。
   特に、法改正の際の附帯決議では、両建、向玉、特定売買については厳正に対処するとされているのであるから、最低限、これらについて禁止するガイドラインを制定し、「厳正な対処」をすべきである。

第3 適合性の原則について
(結論)
1 ガイドライン案2(属性の把握)について
顧客の属性の把握として、経験と財産の把握だけでは不十分であって、十分な知識があることの把握のために、テストを実施し、それに合格した者という内容のガイドラインを加えるべきである。
2 同3(原則として不適当と認められる勧誘)について
ガイドライン案は、属性(未成年者から破産者)と、行為(借入)につい ての混在させているので、違和感があるが、そうであれば、これらに加え次 の者は不適格者とすべきである。
 (1)被補助人、入院中の者、サラ金、ヤミ金等からの借金がある者、失業   者、公金取扱者、過去に先物取で損をして精算金を支払えなかった者、   外国人で日本語を十分理解できない者等。
 (2)一定以上の収入を有しない者の年収は、1500万円以上とすべきで   ある。
 (3) また、勧誘行為としては、借金の勧誘だけでなく、両建(同一商品   の同一限月、同一枚数だけでなく、異限月、異枚数両建だけでなく、同   一商品でも異なる商品取引所の商品の両建も含む)、特定売買の勧誘も   禁止すべきである。
 (4)さらに、一定の高齢者に対する勧誘は、65歳とすべきである。
3 同4(社内審査手続等)について
 そもそも例外は認めるべきでないし、仮に例外を認めるのであれば厳格に 審査するために、社内審査では不十分であるから、日商協で審査すべきであ る。
4 同5(商品先物取引未経験者の保護措置)について
 (1)「一定の期間」は、最低6ヶ月を目安とすべきである。
 (2)ただし、以下は削除すべきである。
(理由)
1  適合性の原則は、法215条には、知識、経験、財産の3要素が掲げられているが、これだけでは十分ではなく、その前提としての意思決定や判断をする情報、時間等も必要である。
2  ガイドライン案1の定義規定で、勧誘が契約締結だけでなく、その後の個々の取引の勧誘も含まれることを明記したことは評価できる。また、同3で不適格者を具体的に示したこと自体は評価できるが、内容は不十分であり、社内審査で例外を認めることを容認しているのは、過去の新規委託者保護義務違反に関する判例を無視するものであり、これらの規定が骨抜きにされることを最初から容認しているものであり、不当である。
   5の未経験者の保護措置を示していること自体は評価できるが、例外を認めているのは同様に、最初から骨抜きされることを認めているようなものであり、削除すべきである。
3  2の勧誘にあたっての前提となる顧客の属性の把握については、ガイドライン案は、経験と資産の把握だけであって、知識の把握が欠如している。知識の把握のために、先物取引に関する情報の有無、及び先物取引に関するテストを行い、それに90%以上合格しなかったものは知識が十分でないものとすべきである。
4 同3(原則として不適当と認められる勧誘)について
(1)不適格者を具体的に例示することは重要である。これについては、過去に取引所禁止事項等で不適格者とされていたものは、全て含めることが最低限必要であって、今問題になっているのは、それに何を加えるかという点であるが、本ガイドラインは、そうした問題意識が欠如している。 特に、先物取引をめぐる不祥事、刑事事件で公金取扱者が公金を横領し先物取引に投入したという例は少なくないのであって、これを除外したのは理解できない。
(2)民法の行為無能力者は、先物取引不適格とすべきであるが、その視点から被補助人(民法14条)も不適格者とすべきである。
(3)判例で、不適格者、適合性原則違反とされた事案を参考に、過去に先物取引で損をして精算金を支払えなかった者、外国人なども加えるべきである(判例ソフト、地獄の黙示録参照)。
(4)その他、サラ金、ヤミ金など高利の借金があるものは、資産要件を満たさない者であるから、不適格者とすべきである。
(5)収入については、1人あたりの預託金額の平均が500万円前後で、その金額は余裕資金で行われるべきであるとすれば、年収は少なく見ても1500万円以上とすべきである(正確には、余裕資金として、年間1500万円あるものというべきであろう)。
(6)両建、特定売買などは、もともと無意味な売買であって、少なくとも、両建などは、残った建玉を仕切るタイミング等が難しく、新規委託者は一般委託者が取引できるようなものではないから、それらの勧誘を禁止すべきである。
5 社内審査による例外と認めることについて
  平成10年商品取引所法改正は、商品取引員の法規制から自主規制へと  いうものであったが、これによって先物取引被害の増大と商品取引員の破  産という惨憺たる結果であった。商品取引員による自主規制は期待できな  いことがはっきりしている。
  にもかかわらず、今回の重要な法改正の一つである適合性原則の例外を  社内審査で認めるということは、どういうことか、全く理解に苦しむ。過  去の反省がないと言わなければならない。
 新規委託者保護義務違反を認めた過去の判例でも、商品取引員による社  内審査が杜撰であることを指摘しているところである。
  未経験者の保護措置について、例外は必要ではない。例外を認めること  は、保護措置自体を放棄するに等しい。
  不適格者の判断についても、例外を設ける必要性はない。
  仮に、必要であれば、社内審査ではなく、せいぜい、日商協というのが  限度であろう。

第3 不当勧誘規制について
(結論)
1 先物取引の電話勧誘、訪問勧誘は、原則として迷惑な勧誘(法214条第6号)の典型であると位置づけ、これをはっきりと明示すべきである。 勧誘の告知、確認義務(同7号)はその例外となる場合のルールであって厳格にすべきものであり、再勧誘禁止(同5号)はこれらの両方に違反する極めて悪質な勧誘であることを明示すべきである。
2 同1(勧誘の告知・確認義務)について
   勧誘の告知、確認義務を履行したことについて、その立証責任は商品取引員にあり、商品取引員がこれらについて録音などによる記録作成保存義務と委託者側の請求に応じそれを開示する義務があり、それができない場合は義務違反になることを明示すべきである。
3 同2(委託を行わない旨の意思を表示した顧客への勧誘禁止)について
   顧客の不明確な意思表示は、委託や勧誘を受けない旨の意思表示とみなす旨明示すべきである。明確になされた場合に勧誘継続、再勧誘が禁止されるという説明は誤りである。
4 同3(迷惑な仕方での勧誘禁止)について
(1) 先物取引の電話、訪問勧誘は、原則的として迷惑勧誘であることを明示すべきである。
(2) 迷惑な時間帯として、夜間、早朝、勤務時間中の他に、食事時、家庭内の団らん中、休息時を明示すべきである。
(理由)
1 先物取引被害の大半が、商品取引員の電話、訪問勧誘にあり、これを有効に規制しないで、先物取引被害の減少はあり得ない。そのさい、先物取引は、顧客の大半が損をし、しかもその金額が多額であることから、知識、経験、資金、情報等が十分な適格者が自らの判断で行うべきものであって、それらが不十分な一般委託者に対して、勧誘によって先物取引を行わせることは避けるべきであるということを念頭に置くべきである。
   法214条第7号は、先物取引の勧誘の原則が規定されている。これによると、 先物取引勧誘をするさいには、勧誘を受ける意思を表明したものに対してだけ勧誘できる旨規定しているから、法解釈上は、先物取引の勧誘は、原則禁止であって、例外的に勧誘が許されるのは、勧誘に先立て、「自己の商号及び先物取引の勧誘であることを」告知し、顧客が「勧誘を受ける意思を表明」してはじめて勧誘できることになっている。
   また、顧客の大半が損失で終わる極めて危険な先物取引が、一般家庭や職場に電話や、訪問によって勧誘されることは、それ自体迷惑であることは、言うまでもない。
2  ガイドライン案が、勧誘について、受託契約締結だけでなく、その後の取引継続中の個々の取引にについても適用されると明示していることは評価できる。
   また、「勧誘お断り」の表示が勧誘を望んでいない意思を表明しているものであること、迷惑を覚えさせるような仕方について、社会通念上迷惑であると考えられる時間、場所、方法による勧誘であるとし、迷惑な時間帯として勤務時間中を挙げていることなども評価できる。
  そうであれば、
(1)そもそも先物取引の勧誘自体が迷惑であることをはっきりと明示すべきである。
(2)また、勧誘をする祭の原則である法217条第7号は、「顧客が勧誘を受けることを表明」しない限り勧誘できないことになっているので、曖昧な表明は、勧誘受諾の意思表示とはいえないこと、後日争いがないよう、これらを録音し、その記録保存し、顧客からの請求があればこれを開示し、これらの証拠がない場合は、法217条7号違反であることを明示すべきである。
(3)さらに、迷惑勧誘の内容について、時間帯として、朝夕の食事時、勤務時間中は勿論、家庭内での団らん、休息中に先物取引の勧誘は、大半の人が迷惑と感じるので、これらを明示すべきである。

第4 説明義務等について
(結論)
1  説明義務の内容として、ガイドラインの前提として、政令に、危険性の説明として、大多数の顧客が損で取引を終了していることこと、また、課税との関係で、12月31日時点で利益になっていると、最終的に損失で取引を終了しても、後日課税されることを追加指定すべきである。
   また、省令で、いわゆる特定売買(直し、途転、日計り、異限月両建、異枚数両建)を追加禁止すべきである。
2  ガイドラインには、説明義務が、契約締結に際しての説明だけでなく、取引継続中の個々の取引ついて勧誘する場合にも適用されることを明示すべきである。
3  向玉禁止、両建勧誘禁止の説明に当たっては、禁止されている趣旨を図などを使ってわかりやすく説明し、理解度の確認として、それでも顧客が両建等をするというのであれば顧客が理解していないものと扱うべきである。
(理由) 
1  説明義務は、顧客が先物取引を行うにあたり、先物取引の制度、仕組み、危険性等を理解し判断するために必要な事項であるが、先物取引を行おうとする一般顧客にとって重要なことは、元本保証の有無の他に、損得の割合であって、大半が多額の損で終わる危険な取引であるかどうかの説明は、「顧客の判断に重要なもの」(法217条1項第3号)である。
   この点について、米国では、2003年のCFTCv対Wall Street Underground判決があり、利益を得る確立についての不実表示と不開示は、顧客の判断に重要性を持っているとされていることを想起すべきである(アンドリューパーデック氏の平成16年11月鳥取市で行った先物取引被害全国研究会での講演)。
   また、顧客にとって、取引について課税の有無は重要な事項であって、先物取引では、最終的に損失で終わっても、取引をしている12月31日現在で利益になっていれば、後日課税されることになっており、顧客にとっては、先物取引による損失は、預託金だけでなく、税金まで支払う必要があり、正に泣きっ面に蜂である。課税されるか否かについては、意思表示の要素にあたるとして、民法95条の錯誤無効を認めた有名な最高裁判例があり(最判平成1年9月14日判時1336号93頁)、この点も、「顧客の判断に重要なもの」であるから、政令指定すべき事項である。
   これまでの先物判決では、特定売買は商品取引員の手数料稼ぎのための取引で顧客にとっては無意味な取引であること、附帯決議によると、特定売買について厳正に対処することになっているから、省令で、特定売買について禁止するよう追加指定すべきである。
2  説明義務も、勧誘、適合性同様、契約締結段階だけでなく、取引継続段階でも、顧客判断に影響を与える重要な役割を果たすものであり、実際に、勧誘と説明義務は表裏一体となるものであり、勧誘規制が契約締結だけでなく、取引継続中の個々の取引についても必要であるとする以上、説明義務も同様、取引継続中の個々の取引を勧誘する際にも必要であり、その旨ガイドラインで明示すべきである。、
3  ガイドライン案では、禁止行為の概要及びその趣旨について、顧客が理解できるようわかりやすく説明し、顧客の理解確認を求めているが、この点は評価できるところである。
   向玉と、両建の説明は不可欠である。これらは、図を用いないで説明することは不可能である。特に両建について、従来から不合理な取引とされてきたのであるから、それでも両建をするという顧客は、両建について危険性、無意味さを理解していない証拠と言わなければならない。
   また、特定売買についても、同様である。

第5 禁止行為等のガイドラインを策定すること
(結論)
   ガイドラインには、客殺しといわれていた不公正な受託行為、広告など  についても策定すべきである。
(理由) 
1  前記の通り、ガイドラインの目的は、受託業務の適正化を通じた委託者保護を図ることであるとすれば、何よりも、不適正な受託業務行為とは何かを明示すべきである。
   不適正な受託業務行為として、従来から、先物取引の世界では「客殺し」という言葉が使われてきており、これが不適正な受託等業務行為であることは当然であり、最低限、これを禁止ることが必要である。
2 客殺し不適正な行為とこれに関するガイドラインの内容は次の通りである。
(1)おとり広告、誤解広告の禁止
 商品先物取引以外の現物取引、投資関連資料の送付、経済講演等を広告して、応募者・問合せに対して、商品先物取引を勧誘することを禁止する。
(2)広告文言の表示等
   商品先物取引の広告を掲載する場合に、「商品先物取引は、極めて投機性の高い取引です。」「相場変動・手数料負担等によって、多額の損失を被る危険性のある取引です。」「預託した委託証拠金を超える損失が生じることもあります。」「商品先物取引を理解するに足る経済知識のない人、投機取引の経験のない人、投機性に耐え得る余裕資金・収入のない人には勧められません。」旨の文言を大きなポイントで、読者の分かり易い位置に警告表示すること。
(3)利益金返還精算の原則
  @ 利益金は原則として返還しなければならない。
  A 利益金を返還せずに証拠金へ振り替える場合,その都度,顧客の書面による承諾(残高照合通知と同じく本社から郵送し,郵送で送り返した場合のみ有効とする)を受けなければならない。
(4)不適切な行為の禁止
  @ 法令、自主規制規則等で禁止又は、先物判決違法と認定された勧誘、受託行為等を行ってはならない。
  A いわゆる特定売買の禁止
    直し・途転・日計り・両建、不抜け取引の勧誘を禁止する。
  B 両建には、異限月、異枚数も含めるものとする
  C 他商品変更禁止
    特に合理的な理由なく取引商品を変更してはならない。
    短期間のうちに商品を乗り換えている場合は,特定売買の禁止を潜脱するものとみなす。
  D 向玉と自己玉
    向玉(全量又は差玉向)を禁止する。
    自己玉の枚数等については,商品別、限月ごとに開示しなければなら  ない。
  E 無敷・薄敷の禁止
    商品先物取引を注文するに際しては、事前に委託証拠金を預かることなく受託してはならない。