2004年1月27日
    農林水産省 
 総合食料局 商品取引管理官付 御中

建玉情報開示のあり方に関する意見書

先物取引被害全国研究会
代表幹事  津 谷  裕 貴
同事務局長 山 崎  省 吾

  日本商品先物振興協会(以下「振興協会」という。)は,平成15年10月30日,「市場取引の匿名性の確保に係る要望について」と題する要望書を(社)全国商品取引所連合会(以下「全商連」という。)に提出した。そこでは,「商品取引所が毎営業日ごとの総取組高を商品の種類別,会員別(商品取引員にあっては委託者の建玉と自己の建玉の別),限月別及び売買の別に区分し,これを取引限月の取引が行われている同日またはその翌営業日に当該取引所の市場に掲示することとなっていることについて,掲示時期及び掲示内容等情報開示のあり方を見直しすること」が要望の趣旨とされている。この点に関連し,産業構造審議会商品取引所分科会の平成15年12月24日付 「商品先物市場制度の改革について(中間報告)(案)」は,「海外との市場間競争を踏まえれば,…海外の例を参考にしつつ,建玉情報の開示のあり方の見直しを行うことが適当」との見解を示している。
  そこで,この点に関し,当研究会の意見を申し述べる。
第1 意見の趣旨
   当研究会は,「商品取引員ごとの委託建玉数,自己建玉数および自己建玉の比率を毎日市場に掲示する」制度(以下,「本件開示制度」という。)を見直すに際し,次の方策を講じることを求める。このような方策が取られないまま,本件開示制度を見直すことには反対する。
 1  主務省,取引所,及び日本商品先物取引協会が,各自,取次業者が小口(素人)委託者を相手に行ういわゆる「向い玉」の仕法を実効的に規制する新たな法律上及び自主規制上の施策を早急に整備すること(主務省の整備すべき法律上の施策として,「故意にもしくは悪意でかつ委託者の事前の同意なしに委託者の売付注文につき取次業者が買主となりまたは委託者の買付注文につき売主となること」を禁止する法案の策定を必要的に含む。)。
 2  取引所が,取次業者の取引高及び取組高については,委託・自己,売・買別に,遅くとも2週間以内に,ホームページに掲載すること。
 3  取次業者が,板寄せ市場においてバイカイ付け出しにより取引を成立させた場合にあっては,上記2に加え,取引所が,バイカイ付け出しによって成立した取引高を,委託・自己別に,遅くとも2週間以内に,取引所のホームページに,掲示すること。
 4  取次業者が,板合わせザラバ市場において,特別売買により取引を成立させた場合にあっては,上記2に加え,取引所が,特別売買によって成立した取引高を,委託・自己別に,遅くとも2週間以内に,取引所のホームページに,掲示すること。
 5  日本商品先物取引協会が,業務関連事項として開示している月間売買高(自己・委託別)/月末建玉状況(自己・委託別)を,「特定仕法監視に関する事項」等と改めた上,ホームページに掲示すること。
 6  取引所が,弁護士会から特定取次業者の過去の一定期間の取引高・取組高について,自己・委託別,売・買別に弁護士法に基づく照会を受けた場合,従前通りその照会に迅速に回答すべきこと,及び回答に際し,社会通念上必要と認められる実費を超える費用を照会弁護士に請求することのないよう,配慮すること。
第2 意見の理由
 1.本件開示制度が策定された経緯〜向い玉規制が原点であること
 (1)本件開示制度は,わが国において,国際的に見て特異な「BtoC市場」が形成され頑固に持続する中で,当時から目立って行われていた委託玉への取引員の向い玉を規制するため,ないし取引員の取組高均衡仕法の是正のために策定され,長年にわたり実施されてきたものである。
 (2)すなわち,全商連が昭和43年8月に「向い玉等の規制要綱」を定めて向い玉規制を開始したとき,その背景事情には,当時の取引員の営業が,大衆化路線の下,取引に無知な大衆を取引に引き込んだ上,不適切な建玉を繰り返したあげく顧客の損失を自社利益に取り込む詐欺的なものであるとの社会的な指弾を受けていたこと,なかんずく,取引員が向い玉シフトを常用していたこと,すなわち,自己玉で必ず委託玉の反対のポジションをとり,顧客から預託された金員を相場における損失名目に自社に取り込む営業を行っていたことが指弾を受けていた事情があった。
    当時取引所では,「小口落し制度」と売買証拠金の片建て徴収制度が採用されており,この下で,取引員の建玉のうち売買対当数量分については,取引所への申告は任意であったが,このため,取引員が自らの投機益を掛けた自己玉に委託玉を付け合わせていても,取引所にはほとんど届出がなされなかった。この下で,委託者に対して背任的な向い玉を利用した利益追求が行われていた(取引所やその構成員の利便性を追求するだけの制度では,市場と委託者とをつなぐ取引員が委託者の利益を犠牲にして自社利益を追求する現象を防止できず,結局市場の信頼を損ねてしまう実例がここにも示されている。)。
    取引所は,こうした背景の下,委託者を保護する視点から,委託売買取引を公正化し,商品取引員の預り金保管を確実にするために,「小口落し制度」と売買証拠金の片建て徴収制度を改め,総建玉はすべて取引所に申告させて公表することとし,証拠金も差玉ではなく総建玉について預託させることにした。
    さらに,向い玉仕法に対する指弾を受け,「向い玉を無制限に放置する場合は,商品取引員が委託者と利害対当する立場で勝負を争う結果をまねくことにもなる場合もあり,委託者保護上種々の問題をはらむことになる一方,取引所への値洗差金等の納入を回避するための向い玉を建てる場合は,自己資金の健全化の努力を怠ることになり,よりいっそう財政基盤の悪化を招くことになる」との認識(委託者保護と財務の健全化の視点)に立って,昭和43年8月に「向い玉等の規制要綱」を取り決めた。
    その後,昭和45年3月,5月の主務省通達で,向い玉等についての規制を徹底する方針が示され,これを受けた取引所の向い玉規制要綱改正に伴い,本件開示制度を含む向い玉規制制度の原型が成立した。それは,次の3点から構成されていた。

│T 自己玉数量規制制度 │
│  取引員の自己建玉を当該商品,限月ごとの総建玉の10%または10│
│ 0枚以下に規制する(超えた場合は各取引所において必要な改善措置を│
│ する)。 │
│U 本件開示制度 │
│  商品取引員ごとの委託建玉数,自己建玉数および自己建玉の比率を毎│
│ 日市場に掲示する。 │
│V バイカイ付出し制限制度 │
│  バイカイ付出しは立会終了後20分以内に行わせる。 │

 2.向い玉規制の必要性
 (1)向い玉とは,取次業者が自己玉注文と委託玉注文を付け合わせて取引を成立させること,自己玉を特定の委託者のポジションと対当させ取引員が反対のポジションをとること,自己玉を委託玉総体の玉尻を埋め,取引員の取組高が売買均衡するようにポジションをとること等を指している。
    自己玉を委託玉と付け合わせて取引を成立させる場合には,委託者と取引員は注文執行時に利害相反関係に立つから,委託者の利益を害するおそれが高い。また,注文執行時に付け合わせなくとも,自己玉を特定の委託者のポジションと対当させ,反対のポジションをとるときには,委託者が益の時には取引員は損の関係に立ち,当該委託者との間で利害が相反するから,委託者の利益を害するおそれが高い。取引員の取組高が自己・委託合計で均衡するように自己玉のポジションをとるときには,取引員の委託者全体が益の時に取引員は損の関係に立ち,委託者全体と取引員との間で利害が相反するから,委託者の利益を害するおそれが高い。
 (2)これらの向い玉の利害相反関係は,委託者の注文を市場につなぐ取次業者が自己玉を建てることができるという制度の下では一般的に存在する利害相反関係である。そこで,取次業者に自己取引を認める限り,取次業者のサービス内容や,委託者の属性等にかかわりなく,向い玉に対し委託者の利益を守るための手当は,常に必要である。
    特に,委託者が投機のために行う先物取引は,価格のリアルタイムの上げ下げという将来予測の困難な指標に委託者の財産を掛けて,預託される財産の20倍以上の取引に投機し,利ざやを稼ぐことを所期するというものであるから,わが国の商品取引市場の現状のように「取次業者のほとんどが,投機取引の積極的な意欲がなく経験や資金も十分ではない素人の個人に対し,先物取引に精通した取次業者が不招請の勧誘を行い,口座開設後も積極的に勧誘をし,かつ毎回の取引につき顧客の自主的な意思決定を待たず,取次業者の指導助言によって顧客の取引を主導するという形態で取引を誘引している市場」(以下「BtoC市場」という。なお,上記のような立場にある委託者を,以下便宜上,「小口(素人)委託者」と呼称する。)においては,米国市場に見られるように,基本的にはヘッジ目的で参加している当業者と,投機目的で参加する専門的な大口投機家(その中には年金基金・投資信託等の機関投資家のほか,当業者,商品取引員,ローカルズも含まれる)によって市場が構成され,取引所の開発する小口委託者向けの先物商品も,全てオンラインの電子取引として運営されているといった市場(以下「BtoB市場」という。)とはそもそも異なり,取次業者は,一般委託者に対し,民事的にみてかなり強度の信認義務,忠実義務を負うものであって,委託者に当該取引に伴う不測の損害を与えないよう,誠実にブローカー業務を行うことが義務づけられているというべきであるところ,このようなわが国における取次業者の営業実態に鑑みるならば,取次業者が,上記のような委託者の注文に対し,自己玉を付け合わせたり,小口(素人)委託者の建玉に対当するような自己玉を建てたり,小口(素人)委託者の建玉総量の売買の差玉を埋めるように自己玉を建てることが行われるときは,取次業者がその自己玉に利を乗せようと所期する限り,小口(素人)委託者(又はその総体)は損を計上せざるを得なくなり,小口(素人)委託者の投機利益を忠実・誠実に追求しようとする姿勢を必然的に期待し得なくなるため,このような向い玉を防止するための特段の手当が必要となる。
    昭和43年から昭和46年にかけて「向い玉等の規制要綱」が策定され強化された時点で社会的に問題とされた向い玉仕法は,最判平成4年2月18日(控訴審大阪高判昭和63年2月9日)の「同和商品詐欺被告事件」に判示された態様のものである(同事件は,昭和45年前後の詐欺事案である)ところ,その内容は,現在,問題となっている商品取引員の向い玉仕法と全く同一ものであるということができる。すなわち,同和商品詐欺被告事件の控訴審判決は,「向い玉とは顧客の委託玉に対当させて建てる商品取引員の自己玉をいい,商品取引における損益自体はあくまでも相場の動向によって決せられるものであるから,向い玉は顧客に損失ないし利益を生じさせるという機能を全く有しないし,また顧客の損失ないし利益はあくまでも不特定多数の顧客によって形成される市場において生ずるのであって損益につき特定の者との間に対応関係を有しないのであるけれども,向い玉を建てることによって顧客と商品取引員の損益は相反対立する関係となることは否定できず,顧客の損益は事実上取引員との間で決済されてしまうこととなるのであるから,向い玉は相場の動向の結果として顧客に生じた損失ないし利益を取引員の利益ないし損失として取引員に帰属させるという機能を有するとみることが可能であると認められる。」という形で向い玉を委託者利益に反するものとして問題にしているところ,平成4年8月27日以後,国内公設取引で,向い玉の民事上の違法性が認定された判例を見ても,全く同じ商品取引員の業態が繰り返し問題にされていることが明らかである(別紙「国内公設において向い玉の違法性を認めた判例」参照)。従って,小口(素人)委託者に対する忠実・誠実義務に違反する向い玉の問題業態は,昭和43年以後も現在に至るまで,改善されてこなかったものといえる。そこで,歴史的に見て,小口(素人)委託者への利益侵害を防ぐため,取次業者の向い玉仕法を防止するための手当の立法事実としての必要性は,高まりこそすれ,減少してきた関係にはない。
    このような手当を図る具体的な施策を講じることは,産業構造審議会商品取引所分科会の平成15年12月24日付「中間報告(案)」に盛り込まれた「従来,我が国商品先物市場は,個人の一般委託者が市場参加者の多くを占めるという特徴を有し,その中に,商品取引員の勧誘方法にも関連し,先物取引を行うのに必ずしも適格とはいえない委託者も含まれていたことが委託者トラブルが絶えない大きな要因でもあった。今後,我が国商品先物市場が上記のような経済システムとしての機能を十分に発揮していくためにも,当業者を中心とするリスクヘッジャーと,商品ファンド等の集団的投資スキームの利用を含め,自己責任に基づき主体的な投資判断ができる投資家(リスクテイカー)層から成る市場参加の構造を目指していく必要がある。」との,商品先物市場制度の改革の方向付けにも合致するものである。

 3.BtoC市場における小口(素人)委託者に対する向い玉規制のための諸方策について
 (1)2(1)に述べた通り,向い玉は,「BtoC市場」において「小口(素人)委託者」に対してなされる場合でなくとも,その最低限の規制が必要である。加えて,BtoC市場における小口(素人)委託者に対する向い玉規制のための特段の諸方策も検討されなければならない。
 (2)この点,アメリカの現状が参考になる。
    まず,アメリカの商品取引所法4b条はクロストレードに関し,次のように規定している。
         「(a)(1)契約市場の会員または会員の関係者,代理人もしくは使用人が,他の者のために,…以下のことを行うことは違法とする。
             C)当該注文を呑む(bucket)こと,他の者の注文に対する相殺をもって当該注文を満たすことまたは故意にもしくは悪意でかつある者の事前の同意なしにある者の売付注文につき買主となりまたはある者の買付注文につき売主となること。
          (b) 本条または本法の他のいかなる規定も,同一限月における将来の受渡にかかる商品の同一数量について,異なる注文主のために買付注文と売付注文とを市場において同時に有している商品取引員またはフロアブローカーが市場価格で当該買付注文と売付注文を執行することを禁じるものではない。ただし,当該執行は,当該注文が執行される取引所のフロアにおけるリングでの公開の呼声により行われるものとし,当該取引所で執行される他の注文と同様な方法で正式に報告され,記録され,かつ清算されることとする。さらに,当該取引は,CFTCが当該取引の実行方法に関して公布する規則及び規制に従ってなされなければならない。」
    「クロストレード」とは商品取引員がある委託者の売玉を他の委託者の買玉と対当させて建玉相殺することや,委託者の玉と自己玉とを付け合わせて取引することを意味するものとされているところ,商品取引員が,委託玉同士の付け合わせを行う場合でも,商品取引員はCFTCの規則・規制に従い,ピットなり電子掲示板なりの公開オークションの場で,買いと売りを3回以上唱えなければならないものとされている。
    次に,委託玉に自己玉を付け合わせることに関しては,委託者の同意なしに故意に付け合わせることは禁じられている。連続競り商いであるがゆえに,オークション中に同じ会社の,委託注文を執行しようとするフロアブローカーと自己注文を執行しようとするフロアトレーダーの呼び声が偶然合致することはあるが,商品取引員が偶然性を装って故意にこれをやっている場合には,制裁の対象となる。
    いずれにせよ,これらは市場内取引の規制問題であるところ,日本の商品先物市場では,「バイカイ付け出し」「特別売買」等として,小口委託玉に自己玉を市場外で付け合わせることが認められているが,このような取引はアメリカでは一切認められておらず,問題外である。
    さらに,委託者全体の売買差玉に自己玉を向かわせる日本と類似した傾向はアメリカでは伺えないようであり,日本の商品取引員の業態の特異性は明瞭である。また日本に存在する「場勘ヘッジ」論つまり,委託者損(委託者の債務不履行)に伴って取引員が倒産する危険を回避するために玉尻合わせが行われる」といった議論については,委託者の建玉について日々商品取引員の自己玉とは別に値洗いを行い,かつ委託者の建玉について十分な証拠金を日々納めさせるルールが守られている限り,必要がないために成り立たないと指摘されている。
 (3)これらを参酌するに,わが国においても,まず,商品取引所法において,「故意にもしくは悪意でかつ委託者の事前の同意なしに委託者の売付注文につき取次業者が買主となりまたは委託者の買付注文につき売主となることを禁止する」こと,禁止に担保措置としての罰則や反則金の規定を定めることが,最低限の制度として必要である。
    次に,「バイカイ付け出し」のように,自己玉に小口委託玉を市場外で付け合わせることを原則的に許容するような制度は,「BtoC市場」から「BtoB市場」に移行させようとする改革の方向付けの下では,改廃されるべきである。
    また,委託者への情報開示,説明制度を新設し,充実させることが有効である。自己玉でディーリングを行う取次業者は,委託者の口座を開設するにあたり,過去の一定期間(少なくとも3会計年度程度)における自己取引による損益と委託取引による損益を年別に委託者に開示し,自己取引と当該委託者が行おうとする取引との関係を説明しなればならないものとすること,委託者の取引と同種の商品についてなす自己取引について,取引継続中,残高照合通知書にその内容(現物商品先物の場合には,商品,限月,自己未決済建玉の売買別数量)を掲示することなどである。
    さらに,取次業者の小口(素人)委託者に対する背任的な向い玉を監視するための方法としては,日本商品先物取引協会が,日々,リアルタイムで取引所から,取次業者の取引高・取組高を,業者別,商品(限月)別,売買別,自己・委託別に報告を受け,常時取引高や取組高が均衡している取次業者の自己取引における値洗や建玉の動きを監視するとともに,小口(素人)委託者に対する過当取引の指標となる特定売買の状況や,委託者に対する適合性原則の執行状況の状況について,抜き打ちの検査を実施し,違反者に対しては,厳格な過怠金を徴収する等の措置を執ることが考えられる。

 4.向い玉規制を原点とする本件開示制度を「見直す」ことについて
 (1)「向い玉等の規制要綱」については,平成10年法改正に伴い,規制緩和の一環として自己玉数量規制通達が廃止され,これに伴い,各取引所が上記通達に基づいて定めていた自己玉数量規制細則(商品,限月ごとの総建玉の10%または100枚以下)も廃止された。その後,各取引所では,上記細則に代えて新たに各商品毎に自己玉制限を行っている。そこでは,それ以前にあった「原則として総建玉の10%または100枚以下」という自己玉の数量規制が大幅に緩和されており,また,業者の純資産額に応じて許容枚数を増やす構造になっている。
    このような推移を見るに,取引所は,平成10年改正後,新たに自己玉の数量規制を施すにあたり,「取引員が自己玉で過度にディーリングを行うと,その経営が不安定になり市場を害する」という視点のみを重視し,「委託者保護のためには取引員の向い玉を委託者利益に合致する場合に限る必要があるし,ブローカーたる取引員は本来ブローカー業務に専念すべきである。」との視点は,むしろ外したのではないかと考えられる。
    今般の振興協会の要望書は,このような動きに加え,向い玉規制要綱の第2の柱である本件開示制度の見直しをも取引所に要望していることになる。
 (2)確かに,「委託者保護の見地から向い玉を問題視した場合には,これは数量の問題よりも質的な問題で,向い玉の建て方および勧誘,受託時における商品取引員の営業態度こそ問題の原点をなすものであろう。」との指摘は,古くから存在した。委託者保護の見地からの向い玉の規制については,主務省や自主規制機関に,本来,当初から3(3)のようなアプローチをすることが求められていたものだと考えられる。
    しかし,そのように総括する場合であっても,「ブローカーたる取引員は本来ブローカー業務に専念すべきである。」との視点は当時も存在したのであって,現在のわが国の「BtoC市場」の現況下でこの視点が無制限に取り払われてよいものか,その合理的な根拠は何かが問われなければならない。自己玉数量制限に関するかかる動きに加え,本件開示制度を「匿名化」の方向で見直すことについては,委託者側に立って活動し,向い玉の業態を告発してきた当研究会としては,警戒の念を禁じることはできない。
    本件開示制度の枠組みが取り払われることで,従前行われてきた委託者保護のための向い玉規制枠組みは事実上取り払われることとなるようであるが,そうであるとすれば,委託者保護の視点から向い玉を規制するために,新たに3(3)に記載した法律上及び自主規制上の施策が早急に整備される必要がある。
 (3)振興協会の要望書について
   ア.ところで,本件開示制度は,その延長線上の取引所の運用として,ホームページに各商品取引員別取組高が,毎日掲載されることにつながっている。これは,商品取引員の委託者や委託者側弁護士だけでなく,広くわが国の商品先物取引市場の現状について,公益のためにモニタリングを希望する者への情報公開にもつながっているということもでき,そのような市民の監視は,一般に意味のあることである。
     これに対し,商品取引員にとって,上記開示制度の意味を犠牲にしてもこれを上回る具体的な「匿名化」の必要性があるのかが問題となる。
     そもそも要望書の「匿名性の確保」という呼称は,適切ではない。「匿名性」という用語は,本来,「その取引を行ったのが誰かであるかが分からない性質」という意味であるところ,取次業者の取引が匿名である必要は本来ない。例えば国際決済会社が「匿名性確保の要請」を口にするとき,そこでは,決済会社を利用する銀行等の背後にいる委託者が「匿名」であること,つまり,委託口座の匿名の要請のこととして用いられているはずである。その意味では,わが国の商品先物市場では匿名性の確保が十分に果たされている。
     そこで,振興協会の要望書はその意味でも慎重に吟味するべきこととなる。
   イ.この点,要望書では,「@現行の総取組高等の掲示内容は,建玉制限のあり方を利用した事実上の売り崩し,買占めを容易にしている。」とある。ただ,仕手筋等が期近限月付近で売り崩し,買い占めを行うという市場利益を害する現象は,古くから存在している。おそらく,「向い玉等の規制要綱」策定以前から存在しているはずである。また,市場掲示される程度の内容は,市場掲示されなくとも,仕手筋であれば推測できるのではないかの疑問がある。従い,本件開示制度に問題発生の重要な原因があるとは即断しがたい。仕手筋に対しては仕手筋対抗措置で応じるべきである。
   ウ.また,要望書では,「A市場会員,商品取引員毎に掲示されているため,ヘッジ玉か投機玉か等の市場利用目的(筋)が明らかにされて,ヘッジ目的の市場参加者のヘッジ効果を低めるとともに,利ざや目的の市場参加者にとって投機効果を薄めている。」とある。しかし,ヘッジ目的の市場参加者としては,売ろうとする価格,買おうとする価格で商品先物契約を予め行い,現物価格と先物価格とが,受渡前に価格連動性が保たれている時には,ヘッジ効果があるのであるから,注文時及び建玉後決済時までに,建玉がヘッジ目的か投機目的かが市場参加者に予測されたとしても,影響がないということもできる。また,どの建玉がヘッジ玉や投機玉なのかが予測されてしまうことそれ自体から,投機効果が減少するということはないはずである。ヘッジ玉など,わが国では,もともとごく少数であることからも,かかる立論には疑問がある。
     むしろ,各商品取引員が広く取組高を均衡させる仕法を採用している場合,全体としては他の会員や取引員と勝負に出ようとする参加者が少ないこととなり,事実上その市場は,流動性がなく,投機効果も薄いと見られることはあると思われるが,それは,まさに「BtoC市場」下のわが国の特異な構造から派生しているというべきであり,この問題は,海外投機家その他の参加者から建玉情報を隠すという方法では決して是正されないのであるから,別の方法で是正されるべきである。
     この点,「開き麻雀となっているから,企業防衛のため,取組高を揃えるのだ」という議論もあるが,歴史的には,本件開示制度があるから取組高が均衡してきたのではなく,本件開示制度が実施される前から,取組高均衡仕法,すなわち,顧客に対する向い玉が,「全量向い玉」といった形で行われてきた事実を忘れてはならない。
   エ.さらに,要望書には,「B市場会員や商品取引員,仕手筋等市場掲示に早く接する,市場に近い市場参加者に情報が偏在することになるため,一般委託を含む委託取引を極めて不利な状況に置く制度となっている。」とあるが,市場に掲示された情報のうち,自己・委託別数量を除く情報は,取引所のホームページで,その日のうちに掲載されている。そこで,立会日一日の動きとしては「早く接する」ということであろうが,そのような時間差が小口(素人)委託者にとって,どの程度の意味があるのかが疑問である。むしろ,小口(素人)委託者にとっては,取引所が容易にできるはずであり,かつ委託者に重要な利害のある「自己・委託」データがホームページで掲載されていないことによる情報格差の方が問題である。
   オ.また,要望書には,「Cヘッジ玉や商品ファンド玉,海外玉等比較的大口の取引の市場参加者についての売買動向が,取引員自己・委託別で,現行の総取組高の掲示によって,建玉方針(筋)を読むことを可能とするために,そうした市場利用者にとって,円滑な市場参入と市場退出(建玉と仕切り決済等の売買)を阻害する結果となっている。」とあり,要するに,「大口が売るから売る」,「大口が買うから買う」という付和雷同型では肝心の大口の付け合わせがうまくいかないと言うことのようであるが,現実には,東京工業品取引所などでは,アジア時間帯おいて,大きな流動性を提供していると報道されている。付和雷同はどのような市場でも起こりうる現象であり,ここでも本件開示制度を槍り玉に挙げることが正鵠を得たものかどうかはより慎重に,判断されなければならないはずである。
   カ.上記に関連して,要望書には,「D市場参加者の取引を,高い安いの判断でなく,誰々が売るから売る(誰々が買うから買う)といった市場の内部要因に基づく売買取引要因を誘引する結果となっている。こうした市場内部要因による売買取引傾向が,仕手筋や商品ファンド筋等の動向等インサイダーまがいの情報提供や風評を跋扈させ,市場の担い手である商品取引員の経営に係る憶測等を横行させ,市場取引の信頼性を損なう原因ともなっている。」とあるが,市場の内部要因の分析に基づく売買取引手法や,付和雷同型の取引手法というのは,どのような市場でも存在する。本件開示制度が,インサイダーまがいの情報提供や風評を跋扈させる原因となっていると評するのが適切か,やはり疑問である。
   キ.また,要望書には,「E現行の総取組高に係る市場掲示等情報開示のあり方は,当限,期先限月における市場の流動性を阻害するばかりでなく,そのことにより腕力相場の助長につながりかねないものとなっている。その結果,暴騰暴落等を引き起こし,同一上場商品について,東西の取引所において暴騰と暴落の相反する相場を示現させて,現物市場との価格の乖離を際立たせ,商品先物市場の相場に対する信頼性を損なう要因となっている。」とあるが,根本的に,本件開示制度があるために,取組高が均衡するに至っているものであるとの認識に疑問があることは先述したとおりである。現物市場との価格の乖離が際だつような現象が起きるのは,本件開示制度という,技術的な問題ではなく,まさに,わが国の商品先物取引市場が,商品取引員によって,いびつな「大衆化」の歴史をたどり,現在の改革されるべき「BtoC」市場の現状に至っていること及びその構造に,直接の原因があることだと考えるのが相当ではないかと思われる。
   ク.以上の通り,振興協会の要望書がその要請の理由とするところについては,いずれも,本質を捉え損ねているのではないかとの疑問があり,納得のいく理由であると捉えることは極めて困難である。
 (4)本件開示制度見直しに伴う代替措置について
    向い玉を委託者保護の観点から規制するためには,3(3)記載の措置を早急に執ることが必要であることは先述したとおりであるが,本件開示制度は,振興協会の要望によっても,上記6点の理由によるものなのであるから,見直しに伴い本件開示制度の担ってきた役割をカバーし,発展させるためには,次のような代替措置を取ることが必要かつ相当である。
   ア.取引所が,取次業者の取引高及び取組高については,委託・自己,売・買別に,遅くとも2週間以内に,ホームページに掲載すること。
   イ.取次業者が,板寄せ市場においてバイカイ付け出しにより取引を成立させた場合にあっては,上記2に加え,取引所が,バイカイ付け出しによって成立した取引高を,委託・自己別に,遅くとも2週間以内に,取引所のホームページに,掲示すること。
   ウ.取次業者が,板合わせザラバ市場において,特別売買により取引を成立させた場合にあっては,上記2に加え,取引所が,特別売買によって成立した取引高を,委託・自己別に,遅くとも2週間以内に,取引所のホームページに,掲示すること。
   エ.日本商品先物取引協会が,業務関連事項として開示している月間売買高(自己・委託別)/月末建玉状況(自己・委託別)を,「特定仕法監視に関する事項」等と改めた上,ホームページに掲示すること。
   オ.取引所が,弁護士会から特定取次業者の過去の一定期間の取引高・取組高について,自己・委託別,売・買別に弁護士法に基づく照会を受けた場合,従前通りその照会に迅速に回答すべきこと,及び回答に際し,社会通念上必要と認められる実費を超える費用を照会弁護士に請求することのないよう,配慮すること。
以  上